AnotherColor | ナノ


「あ、ライ!」


ある日の早朝。
トレーニングを終えたアレンは、食堂へ向かおうと自室のドアを開けた。
部屋を出ていざ向かおうと足を返した時、少し離れた所に見えたのは花束を抱えたライの姿。
少し疑問点もあるが、彼女も食堂へ行くのだろうか。
どうせなら一緒に、と割と大きな声で呼びかけたアレンだったが、ライは気づくことなくキビキビとした足取りで歩いていき、やがて角を曲がって姿が見えなくなってしまった。


「……ライ?(花束、持ってた…)」


きっと食堂へ向かうのではなかったのだろう。
彼女が曲がった先は、教団の周りに広がる森へと続いているのだ。
そんなところへ花束を抱えて何をしにいくのだろうと疑問に思ったアレンだったが、とくに追いかけるようなことはせず、一人食堂へ向かった。


「アラ!アレンちゃんおはよう、早いのね!」
「おはようございます、ジェリーさん」


食堂では相変わらず、料理長であるジェリーが元気よく出迎えてくれる。
初めこそ彼(彼女…?)の雰囲気に圧倒されたものの、今では慣れたもので、ジェリーの作る美味しいご飯を思い出すだけでお腹がなりそうだ。


「今日は何を食べたいのかしら?」
「えーと、じゃあ…」


いつも通りの量を一通り頼み終わったアレンは、そういえば…と口を開いた。
ジェリーは、何かしら、という風にを首を傾げ眉を上げた。


「さっきライを見かけたので声をかけたんですが、聞こえてなかったみたいで…真っ直ぐ森の方に行ってしまったんですよ。しかも花束なんて抱えて」


アレンの言葉に、ジェリーはなんとも言えない困ったような優しい表情を浮かべた。


「そう……そういえば今日だったわね…」
「?何がです?」
「ライにもいろいろあるのよ」


ジェリーはアレンの質問をそうやり過ごすと、さ、作るから座って待ってて頂戴、と厨房の奥へと消えてしまった。
疑問が残るアレンだったが、すぐに出来上がった美味しそうな料理には叶わなかったのか、目をキラキラさせながら席へと運び始めた。
両手いっぱいに料理を持ち、適当に空いている机に置いた瞬間、目の前の席にも置かれた料理。
それはどうやら蕎麦のようで、視線を上げるとそこに立っていたのは仏頂面の長髪の青年。
彼も同じように視線を上げ、丁度いいタイミングで二人の視線がぶつかった。


「あ」
「チッ」
「……顔を合わせた瞬間舌打ちなんて、相手に失礼だと思わないんですかこのパッツン」
「あ゙ぁ?テメェじゃなきゃしてねェんだよモヤシ野郎」
「僕はアレンですいい加減覚えてください。それとも数歩歩いたら忘れちゃうんですか?パッツンの上鳥頭なんですね」
「テメ…ッ今すぐ斬られてェみてぇだなァヒョロモヤシ…!」


神田が腰に下げた六幻に手を伸ばし、まさにテーブル越しに抜刀しようとしたその時。
あ、というどことなく気の抜けたアレンの声に、神田はその体制のまま数回瞬きを繰り返した。


「そういえば、ライのことでちょっと聞きたいんですが…」
「……ライ?アイツがどうした」


突然のライに関する質問に、神田は眉を寄せながらも六幻から手を離し、かたりと音を立てて椅子へと座った。
アレンもそれに続いて正面の席へと腰掛ければ、先程ジェリーへ話したことと同じ内容を神田へと伝えた。


「……なるほどな」


神田はふん、と息を吐きながらそれだけ言うと、あとは黙って蕎麦を食べ始めてしまった。


「ええ、教えてくれないんですか!」


神田は蕎麦を食べる手を止めると、右手に持つ箸をじっと見つめた。


「…知りたきゃ本人に聞け。俺から話すことは何も無い」
「……そう、ですか」


何となくこれ以上は聞けないだろうと察したアレンは、黙って料理へと手を伸ばす。
珍しく二人の間には静かな空気が流れた。


「「「「(槍でも降るのか…?)」」」」


遠巻きにちらちらと二人を眺めていた他の者達の心情が一致した瞬間だった。


「…ごちそうさまでしたっ」


少しして、あっという間に全て食べ終わったアレンは、大きく一息吐いてから席を立ち上がった。
神田は特にアレンを見ることなく、ゆったりと食後のそば茶へ手を伸ばしている。
食器を片付け、ジェリーに挨拶をして食堂を後にしたアレンが次に向かったのは、科学班フロア。
元々団服のほつれを直してもらおうと思っていたアレンは、ついでにここでも一応ライの事も聞いてみようとドアを開けた。


「おはようございます」
「お、アレン、どうしたの?」


まず出迎えてくれたジョニーに再度挨拶をすれば、当初の目的である団服を手渡した。
ジョニーは、すぐ出来るから待ってて!と笑顔で受け取り、奥へと消えていく。


「アレンくん!おはよう」
「リナリー、おはようございます」
「あれ?どうしたのアレンくん?」
「コムイさんもおはようございます。団服のほつれを直してもらおうと思って来たんですが…ついでに、ちょっと聞きたいことがあって…」


なんだい?と首を傾げるコムイと、聞きたいこと?と不思議そうにこちらを見つめるリナリー。
アレンは先程と同じく、二人にライについて話した。


「…ああ、そうか…今日だったね」
「…………」


先の二人と同じように、途端に静かな空気に包まれる二人。
コムイは少し悲しそうな微笑を浮かべ、リナリーは完全に表情を伏せてしまっている。


「…今日が、ライにとって何か大切な日なんですか…?」


遠慮がちにもそう尋ねたアレンに、コムイとリナリーは何と返そうかと困ったように顔を見合わせた。
すると、少し離れた所にいたリーバーが静かに近寄って来る。


「アレン、気になるなら森にある小さな池の所に行ってみるといい。ライはたぶん、暫くはあそこにいるだろうよ」
「……?」
「…そう、ね。私達からよりは、直接ライから聞いた方がいいんじゃないかしら。アレンくんになら、きっと話してくれると思うわ」


悲しそうに笑うリナリーにアレンがまたハテナを浮かべた時、奥から団服を抱えたジョニーが戻ってくるのが見えた。


「アレン!出来たよ、はい」
「すごい、完璧に直ってる…ありがとうございます!」


へへっと、嬉しそうに笑うジョニーと、コムイ、リナリー、リーバーへ別れを告げ、アレンは科学班フロアを後にした。
アレンが向かうのは、先程ライが消えた森。
沢山の疑問が浮かぶ中、一歩森へ出ると、辺りは途端に静寂に包まれた。
朝の光が薄らと差し込む森を、ライの姿を探して歩く。
……と、


「……歌…?」


微かに聞こえてきた歌声。
静かに歩みを進めると、歌声はだんだんハッキリと聞こえてくる。
そこでやっとアレンは、その歌が聞きなれない言語だと気づいた。
が、


「(なんて…悲しい歌なんだろ…)」


言葉がわからずともわかるのは、その歌に含まれた悲しい想い。
その音色の邪魔をしないよう、アレンは静かに静かに歩みを進めた。


「あ…」


少し奥に入った所に、一人、ライはいた。
小さな池の側に生える大きな木の根元に池の方を向いて腰を下ろし、膝の上で花束を抱えたライは、じっと遠くを見つめたまま静かに歌っていた。


「(あんなライ、初めて見た…)」


そこだけ空間が切り取られたかのような、一枚の写真のような、不思議な空間だった。
自分が今息をしているのかいないのか、分からなくなるような不思議な錯覚に陥っていく。


「(悲しい、けど、すごく綺麗な歌だ…)」


ぱきっ


「(!しまっ…)」


歌が止まる。
一気に時が流れ出していくような感覚に陥り、アレンはそろりと顔を上げた。


『……アレン』
「あ、あの、そのっ…!」


案の定ライと目が合ってしまい、慌てたアレンは反射的に両手を上げぶんぶんと振った。
そんなアレンにライは微笑むと、こっち来る?と手招く。


『よっ』
「あっ」


アレンが静かにライの隣に座ると、ライは花束をぽーんと池へ投げ入れた。
解かれた花たちが池の上にバラバラと浮かび、小波に揺れて漂う。


『今日はさ、』


池に浮かぶ花たちを見つめながら、ぽつりとライが話し始めた。


『オレの両親の命日なんだ』
「…!」


目を開くアレンを見ることなく、ライは静かに話し続けた。
元探索部隊だった両親の話。
二人は、伯爵側に寝返った同じ探索部隊の仲間に裏切られ、殺された。


「…な……」
『オレがまだ小さい頃は…』


ライがまだ小さく、教団とも関わっていなかった頃、両親は海外を飛び回っているのだと聞かされ、ずっとメイド達と暮らしていた。
幼い頃のライは、不定期に帰省する両親が喜んでくれるため、いつもピアノを弾きながら歌をうたっていた。
両親も、自分も大好きだった、とある歌。


「それって…」
『さっきの歌だよ』


次はいつ帰ってくるかな……また、喜んでくれるかな……
幼い心でわくわくしながら、毎日毎日、武術の稽古の合間にピアノと歌を練習した。
しかし、


『家に来たのは二人の死の知らせと、母さんの形見だった、これ』


ライは手首を軽く持ち上げて見せた。
淡い蒼のブレスレットが木漏れ日に反射してきらきらと光っている。
そのブレスレットがイノセンスで、また、ライがその適合者だということはすぐに判明し、特に寄り所の無かったライはすぐさま教団へ連れてこられた。


『まぁあの時の教団て、割とクソでさぁ。ほぼ監禁で思うように動けないし、思いやりも何も無い言葉を投げかけられたり…それに、最初は両親は殺されたんじゃなくて、事故死だって伝えられたりしたんだ。裏切りとか、そういうのは隠してたみたい』
「え、本当のことはどこで知ったんですか?」
『アレンもよく知る、ティムの映像記録だよ』
「ティムキャンピー…!?」


両親が仲間に裏切られ殺された時、その場に偶然居合わせたのは、アレンの師であるクロスだった。
ライの両親の命を救うことはできなかったものの、クロスは裏切った探索部隊やその場にいたアクマ達を全て消した。
そして、ライの両親の亡骸を教団へと持ち帰ったのだ。
その時の両親の死の一部始終を記録していたティムの映像を教団関係者が見ていて、たまたまそれをライが見てしまった。


『まだ10歳くらいだったオレは、元々酷かった対応もあって、そっからもう教団が信用できなくなった。裏切りを隠蔽してたようなもんだし、二人は教団に殺されたんだって思ってたりもした』


でもある日。


「初めまして、ライちゃん。僕はコムイ・リーだよ、よろしくね」

「ライ、よね…?私、リナリー…あの、よかったらお友達になろう…?」

「……神田ユウ」

「リーバー・ウェンハムだ。よろしくな、ライ」

「ジェリーよ。ライちゃんの好きな物、何でも作ってあげるわ」


初めて出会った時は、こいつらもどうせ、と思っていた。
教団の人間なんて、信用できない。
…けれど。


「…辛かったよね。教団の信用なんて、無くなって当然だよね。でも、僕が…僕達が、もうそんな思いはさせない。これからは僕達がライちゃんの家族だ。今は嫌いな教団でも、いつか、ここがライちゃんの心からのお家になって貰えるように……一度だけでいい、一瞬でもいいから、僕達を信じてみてくれないかな…?」

「大丈夫だよ。コムイ兄さんも、私も、他の人達も…皆、ライを裏切ったりしない。私、ライのこと大好きよ、……ライも、私のこと好きになってくれたら嬉しい、な」

* * *

「やっぱりうどんより蕎麦だよな。お前、わかってんじゃねェか」

「ライ、私達、これからずーっと親友だよ!」

* * *

「ライちゃん!おかえり、頑張ったね」

「お、ライ、おかえり」

「ライ!おかえりなさい!」

「おかえり!」

「おかえり、ライ!」

「ライ、帰ったのか……おかえり」



何も無い自分に何かと気を使ってくれる彼らに、自分を家族だと言って暖かく見守ってくれた彼らに、なんとなく心が解されていく気がした。
温かいようなくすぐったいような、不思議な感覚だった。


『やっと教団が、いや…皆が、オレの帰ってくる場所だって、思えるようになったんだ』
「……そんなことが…」
『とまあ、色々長くなったけど………両親が死んでから毎年、今日になったらこうしてここにきて、あの歌を歌ってるってだけだよ』


ライはふわりと微笑んでみせた。


「あの…」


そろりと口を開いたアレンに、ライはゆるりと首を傾げる。


「さっきの歌、また聴きたいな、なんて…」


少し不安げに、そして恥ずかしそうに言うアレンにくすりと笑ったライ。


『いーよ』


深く息を吸った後に静かに紡がれたメロディは、先程とは違ってどこか温かさに満ちているように聞こえた。
暫くアレンがその歌に聞き惚れていると、突然、ライが口を閉じた。
どうしたのかとライを見ると、ライは森の方を振り返って口の横に手を添える。


『リナリー、ユウー、ラビー、隠れてないで出てこーい』
「えっ」


ライの声にどことなく居心地が悪そうに出てくるリナリーとラビ。
その後に相変わらずの仏頂面で神田が続いた。


「ごめんねライ、出ていくタイミングが掴めなくて…」


すまなさそうに謝るリナリーにライはいーよいーよとへらりと笑うと、三人にも座るよう促した。
それぞれが適当に腰を下ろしたところで、ライはアレンへと向き直る。


『皆来たことだし、アレンが知らないちょっと前の話でもしよっか』
「ほんとですか!是非聞きたいです!」
『まずは、アレンのよく知るクロス元帥の話でも…』
「うぇ……師匠の話もするんですか……」


柔らかい空間の中、ライは話し始めた。


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