夜遅く。
任務を終えたライが教団へ着けば、ぱたぱたと小さな可愛らしい音が聞こえた。
『ふふ、ティム、いつも一番に迎えに来てくれてありがとう。ただいま』
微笑みながら金色のそれに手を差し出せば、ふわりと舞い降りて甘えるように体を擦り付ける。
ティムがいつもの定位置、自身の肩へ移動したのを確認するとライは建物の中へと足を進めた。
「お!ライおかえり!」
「おかえり、怪我してねぇかぁー?」
夜遅くなのにも関わらず、途端に明るい声に包まれる。
『ん、全然余裕、楽勝。ただいま』
一つ一つに笑顔を返してライが向かうのは、いつもの場所。
「ライ!おかえり!」
ライの姿をいち早く見つけたリナリーがこつこつとヒールの音を立てて走り寄ってきた。
『リナリぃぃいいい!たっだいまぁぁぁあああっ!!』
「きゃ、…ふふ、お帰りなさい」
ライが思いきりリナリーに抱きつけば、リナリーは困ったように、しかしどこか嬉しそうに笑う。
その後ろで忙しそうに動きながらも笑い声を上げるのは、科学班の人達。
「おかえりライ!」
「おかえりな!」
いろんな声で「おかえり」の雨が降ってくる。
ライが照れ臭そうに笑った。
『ただいま、皆!』
と、廊下からバタバタと足音が聞こえたかと思うと、すぐに開かれる大きなドア。
なだれ込むようにして入ってきた白い髪と赤い髪、そして少し遅れて大きな真っ白な服。
『アレン、ラビ…と、コムイさん?』
「ライ、おかえりなさい!」
「おっかえりさー!」
『ただぁ、んぶ!?』
ぎゅうぎゅうと抱きつかれるライの頭に、ぽん、と乗った大きな手。
見上げればコムイが柔らかい笑みを浮かべていた。
「おかえり、ライちゃん」
『た、だいま…!』
あっぷあっぷしながらライが答えれば、コムイがにっこりと笑う。
その後ろに、眉を吊り上げるリナリーとやつれたしかめっ面をしたリーバーが見えた。
「もう、兄さん!探してたのよ!」
「はい、室長はもういいでしょ、さっさと仕事に戻ってください」
「ライちゃんが帰ってきたんだからお迎えくらいはいいじゃないかぁぁぁぁぁ……」
「アンタのせいでどれだけ溜まってると思ってんすか……あ、ライはおかえりな!」
えぐえぐと泣くコムイと、それを片手で引きずりながらもう片手をライに向かって上げるリーバー。
ライは苦笑しつつ、ただいま、と手を振り見送った。
『さて、ジェリーさんまだ起きてるかな』
「ジェリーなら明日の準備をしてる頃じゃないかしら…?」
「あれ、ライご飯まだだったんですか?」
ぽつりと呟いたライの言葉に反応したリナリー、そしてそれに便乗したアレンの質問にライはこくりと頷いた。
『汽車の中で食ってくればよかったんだけどな、爆睡してた』
「ライらしいさ…」
『今から行って飯食えるかなぁー…』
「ふふ、ライのためなら用意してくれると思うわ、いってらっしゃい」
ん、と小さく返事をし、アレン、ラビ、リナリー、そして科学班の人達に軽く挨拶をして、ライは一人食堂へ。
『えーと、ジェリーさん、いる…?』
たどり着いた食堂の受け付けで遠慮がちに発せられた言葉。
ひょこっと顔を出したのは、色黒で筋肉質な男。
しかしライの顔を見た途端にその顔は満面の笑みになり、くねくねと体を動かした。
「アラん!?ライちゃんじゃないの、帰ってきたのねぇ、おかえりなさ〜い!」
『ん、ただいま、ジェリーさん!』
「どうしたの?もしかしてご飯食べてないの?」
『あー、そのもしかして、デス。軽いものでいいから作ってくれないかなーって…』
表情を伺うような様子にジェリーはにっこりと笑うと、待っててちょうだい、と言って奥へと引っ込んだ。
ものの数分で差し出されたものは、
「はい、ライちゃんの好きなサンドウィッチ。申し訳ないんだけど、ココ掃除しなきゃいけないのよ〜…包んでおいたからお部屋で食べてね?」
『いやいや、作ってくれるだけで凄く有り難いよ!しかもオレの好きな…!大切に食べる、いただきます!』
受け取ったサンドウィッチを大事そうに抱え、ジェリーとおやすみの挨拶を交わしてライは自室へと向かった。
『ふんふーん………ん?』
廊下を曲がれば、数メートル先には自室のドアが見える。
と、その前の鉄柵に寄りかかるようにしている人影があった。
彼はライに気づくといつもの仏頂面ですたすたと近づいてくる。
そこにいつものポニーテールはなく、おろされた長い髪がさらさらと揺れる。
『…あれ…ユウ?』
「モヤシと馬鹿兎がバタバタうるせぇから目が覚めた。お前が帰ってきたとかなんとか…」
『え、そんでわざわざここで待っててくれたのか。ふは、アイツらと一緒に来ないのはユウらしいな』
「…うるせェ」
ふいっと視線を外してライが来た方向へ歩いていく神田に、サンドウィッチを抱え直したライが慌てて声をかけた。
『え、もう行っちゃうの?』
「朝から任務だ」
『なーるほど、って、ならこんなとこにいないで早く寝ろよ…!』
「うるせェ」
『あっ、ちょ、』
「おかえり」
角を曲がるその瞬間、ぼそりと呟くように言われた言葉は確かにライの耳へ届いた。
その時にはもう遅く、神田の姿は視界からは消えてしまっている。
『素直じゃねーなーったく……ただいま』
薄く笑みを浮かべて、彼が去った方向へ軽く声をかけた。
ライの部屋のドアが静かに開かれ、そして静かに閉じたのは、その数秒後。
(いってきます
その後にある、おかえり、が暖かいから)