「兄さん?入るよ」
リナリーがノックをしてからドアを開ければ、出迎えてくれたのはリーバーだった。
「こんにちは、リーバーさん」
「お、アレンもいたのか。室長ならあっちで必死になってるぞ」
リーバーが親指でフロアの奥の方を指さすと、奥の方から、ドガーン!バゴーン!ドゴゴゴゴ…と何をしているのか見当もつかない大きな音が聞こえている。
と、リナリーの後ろからライがひょっこりと顔を出した。
「って、ライか?随分と可愛くなったな」
リナリーによって身辺を整えられたライを見たリーバーの目が僅かに開き、ふっと笑いながらライの頭に手を乗せた。
『ど、どいつもこいつも…!』
「へ?」
「リーバー班長、ライは照れてるのよ」
『リナ…っ!』
そりゃ悪い、と、わなわな震えながらもほんのりと頬を染めるライの頭を数回ぽんぽんと撫でたリーバーが面白そうに笑った。
すると、入口に集まる人影を気にした科学班員達がわらわらと集まってくる。
「ライちゃん!?」
「天使だ…!」
「可愛いなぁおい!」
「今日一日頑張れる気がしてきた…」
「俺もだ…」
『…………』
来なきゃよかった、とライが顔をひきつらせたその時、ノックも無しにガチャっとドアが開いた。
「…………」
入って早々人にまみれるその場の光景にグッと眉に力を入れたのは、任務から帰ってきたばかりであろう神田。
「お。神田、おかえり」
リーバーの声に、神田の存在に気づいた科学班員達がそそくさと持ち場へ戻っていく。
神田はその場に残る、リーバー、リナリー、アレン……へと視線を移し、ちっ、と小さく舌打ち。
「ちょっと、なんで僕を見た途端に舌打ちなんですか」
「知るか、テメェに聞け」
「はぁ!?」
「…はぁ……」
「ため息つきたいのはこっちなんですけど?」
『ちょ、ストップストップ!』
ぐいっとアレンと神田の間に割り込む小さな影。
どこのどいつだとそれを見下ろした神田は、自身を見上げる少女と目が合い、そして固まった。
『会うたびに喧嘩すんのやめろって………ユウ?おーい、どした?』
「………、お前が…どうした、」
なんとか絞り出したその声に、目の前の少女はへらりと笑い、
『なんか小さくなった』
とだけ言った。
* * *
神田にも今までと同じように経緯を説明すれば、アホだろ、という辛辣な言葉が返ってきた。
そして、リーバーから治すまでもう少しかりそうだと言われたライとリナリーは、アレンと、何故か着いてきた神田を交えて談話室でトランプをしていた。
といっても神田は見ているだけだったが。
『レイズ。にしても、やっぱユウはすぐ分かったかー』
「…当たり前だ」
腕を組み、じっとただ座っているだけの神田は果たしてここにいる意味があるのか無いのか、それでも会話を投げれば必要最低限くらいには返ってくる。
『オレあんまり自分を見る機会がなかったんだけど、割とまんまなの?』
過去の自分を知る人物…リナリーやコムイ達、ジェリー、神田も、すぐにライだと気づいたことを思い返してふと尋ねれば、神田からはさぁなと曖昧な返事が返ってくる。
「私は結構そのままだと思った、けど……あ、私はこの辺で降りておくわ」
『…けど?』
「ねぇ、神田?」
「……表情(カオ)が違う」
『え、カオ?ん?』
カードを持たない手で自身の頬をむにむにとつまむ。
その隣でくすくすとリナリーが笑った。
「違うわよ、ライ。神田が言いたいのは、ライがちゃんと笑ってる、ってことよ」
『へ』
そうなのか、という質問を込めて神田を見れば、ふいっと逸らされる視線。
ライ、と名前を呼ばれれば、優しい笑顔を浮かべたアレンと目が合った。
「僕はあの時のライのことは分かりませんが、あの時の分だと思って、今めいっぱい笑いましょう?…っと、レイズです」
「ふふ、そうね。あの時のライがすごく幸せそうに笑ってるって思うと、私も幸せになるわ」
『アレン…リナリー……あ、えっと、レイズ』
「…と、いうわけで、コール」
『……え"?』
レイズしていたライと同じだけのチップを押し出すアレン。
そして、アレンの手元にずらっと並べられたのはロイヤルストレートフラッシュ。
思わず机上を見る神田と、ぱちくりと瞬きを繰り返すリナリーの横で、ライががたりと立ち上がった。
『おいアレン!イカサマ無しって言ったろ!?』
「途中まではしてませんよ。ついさっき気が変わりました」
『…え、あの二巡でここまで揃えたの!?』
「クズカードしか回ってこないようなところで勝負してたんですよ?普通にプレイしているならそれくらい余裕です」
元々半分揃ってたので、と笑うアレンに悔しそうに拳を握るライ。
「ライの、そうやって素直に感情が出るところ、すごく素敵だと思います」
『っ…!』
ぷしゅうう……と縮こまるように静かに席に着いたライの頬が真っ赤に染っている。
次はちゃんとやりますよ、と楽しそうに笑うアレンに無言でこくこくと頷いた。
アレンがカードを配ろうとしたその時、お!と明るい声が談話室に響いた。
「ラビ!」
「ラビ、おかえり」
「…ちっ…またうるせェのが増えたな…」
「つめてぇなユウちゃん!オニーサンもまーぜてっ」
「テメェ…」
しっかしユウもいんの珍しいな、と言いながら談話室に入ってきたラビは視線をずらし…
「え」
神田の影に隠れていたライと目が合った。
『おかえり〜』
「………え、オレ死んだ?天使が見えるんですケド」
ゴシゴシと目を擦るラビが再度目を開けると、乾いた笑みを浮かべるライと再度目が合う。
「えっまじ可愛い!!俺ラビっていうんさ。おじょーさんは?」
膝に手を当てて腰をかがめ、ライと目線を合わせたラビがにこりと笑った。
「おい馬鹿兎、そいつは…」
神田の言葉を、ぴょんとソファから立ち上がったライが遮る。
「むぅっ!?」
その後すぐ聞こえた、情けないラビの声。
彼の両頬を両手でむにゅっと潰したライは、にっこりと綺麗な笑顔を作って見せた。
『そのキモチワルイ笑顔やめろって言ったろ、ラビ』
「ふぇ…!?」
ぴしっと固まったラビは、ぷるぷると震える手をそろりと上げるとライを指さす。
「……ライ…さん…?」
『そうだけど?』
「え、どゆこと…?俺だけ理解してない感じ?ちょ、アレン、リナリー助けて」
人に指さすな、と突き出された人差し指を握って上に向けるライを他所に、ラビは顔だけアレン達を振り向いて助けを求めるのだった。
そして…
「なぁーるほど……」
何度目だろうか、今までと同じ説明をラビにもすれば、彼は納得したように頷いた。
「しっかし、ちっさい頃のライも可愛いな〜」
『…リナリーのおかげだって』
「そんなことないわよ」
『うーん…』
なんとも言えない表情を浮かべるライの前に、サッと一枚のトランプが投げられる。
顔をあげれば、にこりと笑うアレンの姿。
「ラビも来ましたし、もうひと勝負どうですか?」
『いいね、ユウは?』
「…俺はいい」
『だよねぇ。じゃアレン、四人分だ!』
「はい!」
「って、トランプでアレンに勝つの無理じゃね…?」
「大丈夫よ、イカサマはしないってライと約束したもんね?」
そう、リナリーからにっこりと笑顔を向けられたアレンは、慌てて首を振ったのだった。