モノクロ | ナノ


ぱち…とライの目が開く。
ぼやけた景色は徐々に鮮明になっていき、自分がどこかの病院か医療室のような場所に寝ているのがわかった。


『(ここは……少しアジア支部に似ている気がする…)』


若干悲鳴を上げる体を労りながらゆっくりと起き上がったライは、ベッドに座ると自身の腕へと視線を落とした。
青いブレスレットがキラリと光る。


『(…天之真神……水牙の本当の名前…)』


は、とライが目を開いた。
今はいつだろう。
自分は一体どれくらい寝ていたのだろう。
咎落ちは、アレンは、リナリーは、船にいた皆は、どうしたのだろう。
夢の中で見た、皆が倒れている場面が頭を掠める。


『行かなきゃ…早く…』


のそりと立ち上がったライは、腕に刺さる点滴の針を引き抜きベッドへ投げ捨てた。
そのまま、近くのテーブルの上に丁寧に畳まれていた自分のボロボロの団服を羽織ると、カシャンと乾いた音と共に何かが床へと落ちる。


『…あ』


クロウリー城を後にしたあの日、汽車で偶然出会った瓶底メガネを掛けた男から貰ったネックレスだ。
何故か着ける気にはなれなくて、ずっと団服のポケットにいれたままにしていたのを思い出した。


『………』


ライは少し考えた後、再度ネックレスをポケットに仕舞うと、フラフラとした足取りで病室の入口をくぐった。


「うわっ!?」
『うぶっ』


同じタイミングで誰かがこの病室に入ってこようとしたらしい。
驚いたその声に顔を上げると同時に、ライの顔面がその人物の肩口に衝突した。


『い、痛い……』


ジーンとした痛みに思わず片手で鼻を覆う。


「ライ!?だっ大丈夫か!目が覚め…というか勝手に起き上がって…!!」
『…?その声…』


どうやら自分のことを知っているらしいその声は、どこか聞き覚えがある。
鼻を手で押えながら、涙の滲む目で相手を見上げた。


『!バク…!えっと、お久しぶりです…?』
「あぁ、久しぶり…じゃない!とりあえず早くベッドに戻れ!」
『わ、』


バクに肩を押され、ライはベッドへ逆戻り。
ライをベッドへ座らせ、全く…とバクがボヤいた。


「どうしてこうもエクソシストは皆勝手に…」


呆れたような表情でバクは言うが、その顔は一先ず無事そうなライに安心している様。
近くの丸椅子を引っ張ってライの近くへと腰掛けた。


「体の方はどうだ?」
『大丈夫だよ。まだ少し痛いけど、動けない程じゃない』


それより、とライが続けた言葉をバクが片手で止めた。


「分かってる。順に話すから落ち着け」
『………』


たまに小さく相槌を打ちながらバクの話を聞いていたライは、始終黙り込んでいた。
やっと全体の大まかな内容を理解したライの頭の中で、ある思いがどんどん膨らんでいく。


『……どうしようバク…』
「ん?」
『リナリーに合わせる顔がない…』


あの時約束したのに。
絶対にアレンを連れて帰る、そう言ったのに。
結局、その約束を守ることはできなかった。


『オレ、絶対リナリーを泣かせた…どうしよう、泣かせた上に嫌われたらどうしようぅぅ…!!』
「お、おい!お前が泣いてどうする…!!」
『だってぇぇぇ…』
「彼女がお前を嫌いになる訳ないだろう!」


メソメソと、だって…やら、でも…やらを繰り返すライの頭に、バクはポンと手を置いた。


『うぅ…』
「大丈夫だから安心しろ。次会った時にちゃんと謝ればいい。リナリーさんならきっと分かってくれるだろう」
『…うん………あの、アレンに会うことは出来る?』
「あぁ…ライの調子も大丈夫そうだし、ウォーカーの気分転換にもなるかもしれないな。後で案内しよう」


その前に、とバクが立ち上がった。
ライが見上げると、真面目な表情がこちらを、正しくはライの手につけられたブレスレットを見下ろしていた。


「お前のイノセンスの状態を知りたい」
『…それについてオレからも話がある。コムイさんにも連絡をとって欲しい』
「話…?分かった、詳しくはその時に聞こう。とりあえずこれに着替えて、終わったら出てきてくれ。オレ様は外で待ってるぞ」
『ん、わかった』


バクに渡された服をベッドに広げる。
チャイナ風のゆとりのあるシャツとパンツは、恐らくバクの私物だろうか。


『(……ま、オレとそんなに身長変わんねーもんな…)』


これを言えばきっと怒られるだろう。
その様子を思い浮かべて軽く吹き出しつつ、ライはいそいそと着替え始めた。



* * *



"ライぢゃぁぁぁぁん!!!"


えぐ、えぐ、ずびっ、とコムイの泣く声と鼻をすする音が聞こえる。


『「…………」』
"よがっだぁぁあぁ無事でぇえぇぇ!!!"
『ご、ごめんてコムイさん、心配かけて…』


安心感からか、ひたすらに泣くコムイにありがたいと思いつつも苦笑するライ。


「コムイ…話が進まんから静かにしろ…」
"うぅ…ホントによがっだァァ…"


呆れたように言うバクの向こうで、ちーんと鼻をかむ音が聞こえる。
バクがちらりとライを見た。
それに頷いたライは、眠っていた時のことを二人に話し始めた。


"天之真神(アメノミカミ)……それがライちゃんのイノセンスの本当の名前…?"
「そういえば、水牙というのは元々ライが付けた名前だったな」


コムイとバクはじっと黙り込んだ。
今までに見たことがない事例に、二人は持つ知識をフル回転させているようだ。


『よく分からないけど…水牙の本当の名前を知った後、目が覚めてからは、前より更にイノセンスが近く感じるんだ。なんか、ただの友達から親友になった、みたいな…』


でも、とライが視線を落とした。


『近くなったけど、まだ遠いんだ。それと、天之真神が最後に言ってた。オレは大切な何かを忘れてるって……でも、それが何か分からない』
"うーん…何にせよ、次本部に戻った時に、一度ヘブラスカに見てもらった方がいいかもしれないね"


ヘブラスカ
その名前に、あの時のことを思い出した。
何故か予言を受けず、"光と闇の鍵"という言葉のみを与えられた。
そして…


「ライ?」
"ライちゃん?"


自分の名前を呼ぶ声に、いつの間にか遠ざかっていた意識が引き戻される。


『……へ?』
「大丈夫か?まだどこか痛むのか?」
『あ、いや…』


バクに心配そうに顔を覗き込まれ、ライは小さく首を振った。


"…やっぱりまだ苦手?"
『ううん、ヘブラスカが悪いわけじゃないのは分かってるし…ただ、ちょっといろいろ思い出しただけ』


はは、と困ったように笑えば、コムイがもう一度ライの名前を呼んだ。


『何?』
"キミは正真正銘、ボク達の大事な家族なんだ。皆、ライちゃんが無事で帰ってくることを願ってる。それだけは忘れないで"
『……うん』
"キミは自己犠牲が過ぎる時があるからね"
『…そうかなぁ……』


それから、とコムイが続ける。


"ちゃんと調べるまではまだ分からないから、あまり無理しちゃだめだよ……って言っても、やっぱりキミは無理するんだろうけど"
「本当に、心配するこちらの身にもなってくれ。送り出しておいて言える立場じゃないのは分かっているが…」
『分かってるよ』


ライはふわりと笑った。


『皆がいなきゃオレはここにいなかった。皆がいたから、命を懸けてでも守りたいと思える居場所が出来たんだ。コムイさんもバクも、教団にいる皆がいつも笑顔で見送ってくれるからオレは頑張れる』
「命を懸けてでも、って……そんなだから自己犠牲だと言われるんだぞ、お前…」
"…無神経な発言なのは分かってるけど、ライちゃん、ちゃんとボク達に「おかえり」って言わせてね"
『じゃあコムイさん、帰った時にオレとリナリーに怒られないように、ちゃんと机綺麗にしておいてね』
"……あれ?突然通信が遠く…"
『オイコラ』


そして、短い挨拶を済ませて本部との通信が切れた。
ふう、とバクが小さく息を吐く。


「さて、そろそろウォーカーの所へ行こう。待ちくたびれただろう?」
『そりゃあもう!』
「さあ、こっちだ」


そう言って踵を返したバクを追い、二人は並んで歩き出した。


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