左腕を復活させる、とこの男は言った。
「復活…?」
アレンが目を見開く。
「左腕を、取り戻すことが出来るんですか……!?」
「ああ」
「ホントに…っ!?」
涙も引っ込み、嬉しそうに声を上げるアレンに、バクはにこりと笑った。
「とりあえずここは冷えるから…」
「あーーーーーーっ!!!」
言いかけたバクの言葉を上書きしたのは、少女の大声。
「!?」
「見つけたぞテメェ!!」
二人が声の方へと顔を向けたと同時に、
「何勝手に病室抜け出してやがる!!」
痛快な飛び蹴りが、バクの側頭部を襲った。
バクは勢いよく吹っ飛び、そのまま壁に激突する。
「バク様ーーーーーっ!!」
「エクソシストだろうが、ウチにいる以上勝手な行動は慎みな!大体テメェ、起きたんならまずあたしに挨拶だろ!」
そして、小柄な少女がアレンの前に仁王立ちしたのだった。
「あたしはお前を竹林からここまで運んでやったんだぜ!」
不思議な出で立ちをした彼女は、キッとアレンを睨みつけた。
「オレ様を蹴飛ばす意味がわからんぞ!」
「("オレ様"?)」
「ホラ、テメェ挨拶しろよ!」
「貴様、無視かぁーーーっ!!!」
「バク様落ち着いてください!」
呆然とそのやり取りを見つめていたアレンは、びしっと少女に指を指され、おずおずと口を開く。
「たっ、助けてくれてありがとうございました、えっと…?」
「フォーです。彼女の名前は"フォー"。このアジア支部の番人です」
大柄な男が暴れるバクを抑えながら言う。
「私はバク様の補佐役のウォンにございます。お元気になられて本当に良かった、ウォーカーくん」
まるで自分のことのように笑うウォン。
そして未だ暴れるバクと、こちらを睨むフォー。
アレンの口元が自然と弧を描いた。
「ありがとうございます」
アレンの言葉に三人は動きを止め、じっとアレンを見つめた。
「僕を助けてくれて本当に…ありがとう」
三人は顔を見合わせると、それぞれがふわりと微笑んだ。
「さあ、行こう」
バクがその場からくるりと踵を返す。
「あの…っ」
「?どうしたウォーカー」
それを止めたアレンに、バクは小首を傾げた。
「僕と一緒に、女の子を見ませんでしたか…!」
「…ライのことか?」
「!!」
静かに言うフォーに、アレンはバッと顔を上げた。
「やっぱり知ってるんですね!彼女はどこに…!」
「彼女もこちらで保護している。なに、心配はない。多少の怪我はあれど、少しイノセンスの使いすぎで眠っているだけだ。時期に目を覚ましたら会わせてやる」
「……そっか…」
ほっとした表情のアレンにくるりと背を向けるバク。
その表情はなんとも言えないものだった。
「(ただ気がかりなのは…彼女のイノセンスの状態が不安定なこと。でもこればかりはライが目覚めてからでないと、何とも……とりあえず、ウォーカーくんには黙っていた方がいいだろう)……さあ、こっちだ」
バクに連れられ、アレン、フォー、ウォンはアジア支部内を進んでいく。
場所は違えど、本部とそう変わらない風景だった。
アジア支部のことをいろいろとウォンに教わりながらたどり着いた、一つの部屋。
「!?」
部屋に入った途端、四人を霧のようなモノが包む。
「この部屋は……!?煙…じゃない、なんですかこれ…?霧!?」
「これがキミの左腕だったイノセンスだよ」
「えっ」
天井いっぱいまで広がったそれは、一見ただの霧の様。
「この霧が!?」
バクによるとこれは霧ではなく、形を無くして粒子化したアレンのイノセンスのようだ。
通常イノセンスは粒子になるまで破壊されれば消滅するが、このイノセンスは消滅しなかった。
むしろアレンを助け、今もまだ神の結晶としての力を失わずにいるらしい。
「お前とライを竹林から運んだ時も、この霧がお前と、ついでにライを守るように周囲に満ちてたぜ。おかげで前が見えなくてここに帰るの苦労したんだ」
どうやらフォーがその時にイノセンスだと気づいたようだ。
「こんな状態になっても生きてたなんて……どうして僕のイノセンスだけ……?」
「残念ながら我々の化学じゃそこまで分からない。コムイですらこの事は予想の範疇を超えてたらしい。珍しくあの男が非科学的な事を言っていたよ」
あの子は、アレン・ウォーカーは特別なのかもしれない。
神に愛された存在なのかもーーー
「バク支部長ぉ〜〜〜〜」
と、ふいに扉が開く。
「お、良かった、まだやってねェや」
「どーしよ、焦ってメガネ忘れたぁ」
「頭にあるよ」
「あ。アレン・ウォーカーの左腕、今から復活するんですかー?」
入ってきたのは、化学班見習いの李佳、蝋花、シィフの三人。
眉を寄せるバクに見学させて欲しいと頼む李佳とシィフを他所に、メガネを掛けた蝋花がシィフの後ろからひょこりと顔を出した。
「少年エクソシストはどこですかぁ〜?」
「!はじめまして」
バキューン
「(ストライク…!!!)」
「「「…………」」」
「?あの…?」
アレンの笑顔に見事撃ち抜かれた蝋花は、一人頬を染めていた。
「……しょうがないな、構わないかい?ウォーカー」
「はい?」
「今からこの散乱したイノセンスを発動して、対アクマ武器に戻すんだ。武器化さえできれば、キミはまた戦えるだろう」
……しかしアレンの努力も虚しく、その日イノセンスは一度も武器化することなく、すぐに粒子へと戻ってしまうのだった。