モノクロ | ナノ


「みなさん、少し下がっていてください」


とは、言ったものの。
うるさい心臓に、ミランダはごくりと息を飲む。


「………(落ち着いて…)」


静かにスーツケースを地面に置いた。


「(あの置時計から造られた、私の対アクマ武器…)」


右肩についたレコードのような盤をガチッと押し込めば、それは団服上の細いレールのようなものを滑るように手の甲へと向かっていく。


「"刻盤(タイムレコード)" イノセンス発動!!対象空間(ターゲット)を包囲」


盤から小さな球体がいくつも飛び出し、船の周りを囲んでいく。
確定!という声と同時に、船の周りをいくつのも球体でできた輪が囲んだ。


「これより、私の発動停止まで秩序を亡失(ロスト)し、時間回復(リカバリー)します」


時間回復(リカバリー)!!!


船の上に浮かぶ、巨大な時計の文字盤。
そして、先程までボロボロで今にも沈みそうだった船が、見事に元の綺麗な船へと戻っていた。


「(よかった、できた…)」


ホッと胸を撫で下ろすミランダに刺さるいくつもの視線。
見れば、目を見開いた驚愕の表情がひたすらに自分を見ている。


「あ…あの…あれ?(何?も、もしかして船直しちゃいけなかった…?新入りのくせにでしゃばって引かれてるんだわ)」


タイムレコードと同時に発動されてしまった、ミランダのネガティブ思考。


「ヒィイイイイィィ!!ごめんなさいごめんなさいーーーーーっっ!!!」


バッチャーーーン


「あっ、ミランダが海に…」
「何やってるんですかーーっっ」
「ほっといて!あたしなんかほっといてぇぇええぇえ!!ゴボ、ゴボボボボ…」
「あっヤバイ沈んでってる!!」
「行け、ラビ」
「えーーーーっ!!!!」



* * *



ボーーーッ


「出航ーーー!!!」


大きな汽笛の音の後に、マホジャの号令が響く。
無事船は港を離れ、エクソシスト一同は船内のエクソシスト用に与えられた大部屋に集まっていた。


「あの…実は科学班の皆さんから渡すように言われてたモノが…」


ミランダはシンプルに十字架が一つだけ描かれた黒い大きなトランクケースを引っ張り出した。
先程の騒動のせいで、ミランダとラビはびしょ濡れだ。


「コムイ達から?」
「ええ、これがラビくん、で…これが……」


ミランダから渡されたもの、それは、


「"最新の団服です"って」


その場で早くも着替える男性陣。
各々が新団服の具合を確かめている。


「皆もうボロボロだろうから、渡すように頼まれたの」
「軽くて動きやすいさっ」
「でも、とても丈夫なんですって」


少しでもキミ達を守ってくれるように。
そう言って渡されたものだ。
その場で軽やかにぴょんぴょんと跳ねるラビ。
きっとそれぞれの体に合わせた造りになっているのだろう。


「リナリーちゃん…」


リナリー宛の包みを持ったミランダがリナリーに声をかけるが、リナリーの目は虚ろで、どこか空を見つめていた。


「心の整理がつかんのだろう。リナ嬢は昨夜、二人の側を離れたことを悔いておる」


ブックマンがミランダにこそりと言った。


「自分を責めているんだ」


ガシャン!!


突然鳴ったガラスの割れる音。
ビクリと肩を揺らしたブックマン、ミランダは揃って音の方へ視線を動かした。


「いい加減にしろよ…」


粉々に割れ、穴の空いたガラス窓の前で拳を握り俯くラビは低く言う。
アレン、そしてライという仲間を失った。
その気持ちは、ラビにも痛い程分かる。
けれど、


「仕方ないことだったんさ…っ、オレらは昨日、必死に戦った。どうしても助けらんなかったんだよ…っ」


その言葉にブックマンがラビへ鋭い目を向けたが、彼は気づくことなく口を開いた。


「戦争なんさしょうがねェだろ!!諦めて立てよ!!!」


それまで何も反応を示さなかったリナリーの目から、一筋の涙が零れた。
はっとラビが我に返ったようにそれを見つめる。
気づけば、ブックマンとミランダとクロウリーからの、泣かした…という視線を浴びていた。


「スマンなリナ嬢。ほれ、きつくお仕置しとくから」
「ぐげがぎごげぶぶっっ」


何やら格闘技のような絞め技でラビを拘束したブックマンは、リナリーへそう言った後、すぐにラビを更にきつく締め上げた。


「"頭を冷やせ、バカ者が"」
「!何でさっパンダ!オレ別に間違ってなんか…痛っ!!」


ブックマンがラビの胸元を握る。


「"神の使徒にでもなったつもりか?"」
「!?」
「"お前はブックマンの継承者であり、それ以外の何物でもない。いかなることにも傍観者であれと教えたはずだが?"」


歴史の裏には必ず戦争が在り、戦争が在るから歴史は動く
ブックマンはその内に身を置き、何にも属さず何にも捕らわれぬ目ですべての事柄を公平に記録する存在


「"戦争にハマるな。我らは記録の為にたまたま教団側にいるだけだ。目的を忘れるな、ラビ"」
「……わかっ…たさ…悪ぃ、パンダ…」


ザシュッ


「って!?」
「まあそれに…」


脈絡もなく始まったブックマンの話に、リナリーを含め全員の視線がブックマンへと集まった。


「まず、私には「時の破壊者」と予言を受けたあの小僧が死んだとはどうも信じられん」


何故ブックマンがクロス部隊にいるのか。
それは、彼がコムイに頼み込んだかららしい。
どうやらブックマンはアレンとライに興味があったようで、それはそれぞれの受けた予言に関するもの。


「時の破壊者の"時"とは、ある人物を指しているのではないかと」


時……"千年"。
アレン・ウォーカーは、千年伯爵を破壊する者ではないだろうか。


「ならば、こんな所で死ぬハズは無い」


リナリーが軽く目を開いた。


「そして、ライ嬢。彼女の受けた予言を知っている者はいるか?」


その問いに誰もが黙る。
ここまでライと長いこと付き合ってきたリナリーでさえ、その事を知らなかった。


「知らないのも無理はない。何故なら、彼女は予言を受けなかったからだ」


一同が目を見開く。


「受けなかったって…どういうことさ…!?」
「正しくは、ヘブラスカには"あるモノ"しか視えなかった」


ヘブラスカが視たモノ、それは…


「鍵だ」


それは、鍵。
光と闇の狭間に浮かぶたった一つの小さな鍵。


「当時教団はそれを"光と闇の鍵"と呼んだ」
「光と、闇の…鍵…?」
「あくまで当時の教団の憶測に過ぎんが、その鍵はきっと光の扉も闇の扉も開けるもの。だから彼らは最初、彼女を"厳重に"教団へと置いていたのだ」
「鍵が闇を選び、アイツが教団を襲うんじゃないかって…?そんなんでアイツは…!」
「ラビ、お前は知っているだろう。ライ嬢の過去を」


ライは教団に来たばかりの頃、ずっと憎悪の塊だけを背負っていた。
自分の両親を殺した教団を、酷く憎んでいた。


「だからって…っ、まだ歳もいかない小さな女の子を…!」
「結局彼女が何かを起こすことはなく、それは教団の思い違いだということになり、室長が代わったタイミングで彼女は自由となったのだ」


ブックマンがスっと目を細め、リナリーを見た。


「彼女を光へ導いたのは、リナ嬢、お主かもしれぬ」
「え…私……」


ここからは私の推測だが、とブックマンは話し始めた。


「彼女の過去を見て、闇を憎ととるならば、光は即ち、愛」


愛とは、ハートを意味する。


「まさか……!」
「と言っても、まだ限りなく無限大にある可能性の一つだがな。だが…彼女もまた、神に愛されし者の筈。そう気を落とすでないぞ、リナ嬢」


僅かに口端を持ち上げたブックマンに、リナリーは静かに涙を流した。


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