「あーーー、くっそ、何も見えねぇ…」
ズルズルと何かを引きずる音と、それに重なる少女のような声。
辺りは霧のようなものに覆われ、その姿は分からない。
「重い…………っで!?」
ズザァァッ、と転んだような音がした。
「っでぇーーー!今度は何だ、……!!」
はっと息を飲む音の後、少女は、はぁ、とため息をついた。
「流石に二人はきついぞ…」
11.別れ
「ラビ!!」
自分を呼ぶ声にハッとする。
見れば、ボロボロのリナリーが今にも泣きそうな顔でこちらを見上げていた。
「助けて…!!」
リナリーから話を聞いたラビは、すぐに自分のイノセンスを発動させた。
後ろにリナリーを乗せ、猛スピードで景色を後ろへと流していく。
「大丈夫かリナリー!?ヘロヘロさ!そんなんで…」
「大丈夫…それより早く…っ、早く三人を…っ」
段々とリナリーの声に嗚咽が混じる。
「空で強い光が見えた…どれだけ探しても、見つけられないの…!!」
ラビがギリッと歯を鳴らし、
「見つかるさ」
自分にも言い聞かせるように、ポツリと言った。
その時、すぐ近くの山で大きな爆発が起こった。
「「!?」」
爆発による煙から何かが上空に飛び出す。
その後ろから、たくさんのアクマ達がそれを追っていた。
「待てゴラ金のゴーレムー!!!」
「止まらんと撃つぞー!!」
アクマ達が叫びながら撃つが、金のゴーレム、ティムキャンピーはそれを見事に回避して見せた。
しかし、
「速っえーなあんニャロ!レロと肩並べんじゃねェの?」
「だが、オレの追尾型の弾からは逃れられーん!!」
言葉の通り、ティムを追うなんとも可愛らしい数弾が標的に狙いを定めた。
「当たれぇ!!!」
ドン!!
大きな爆発音。
しかしティムは無事だ。
振り向いたティムに、爆発から飛び出す一つの影が見えた。
「!」
「ティムキャンピー!!」
ダークブーツを発動したリナリーが、ティムを見つけ嬉しそうに呼ぶ。
「あちゃー!エクソシストだ」
「惜しかったね」
「オレのミサイルゥゥー!!」
そしてわらわらと騒ぎ出すアクマ達の足元に光るのは「火」の文字。
「!」
「何だ!?」
「ひ?」
ドン
「ギャアアアアアアアア!!!!」
立ち上る火柱とアクマの叫び声。
そこには真っ青な青空だけが残った。
* * *
「ティムの映像記録だと、ここでアレンと別れたみたいさ…」
ラビとリナリーがいるのは、青々と生い茂った竹林の中。
自身の手の上で映像を映すティムを見ながら、ラビが言った。
少し開けたその場所を呆然と見つめるリナリー。
「ノアと遭遇して左腕を壊されたあいつは、スーマンのイノセンスだけでも守ろうとしたんだ」
リナリーはふらりと一歩踏み出し、そのまま地面にそっと手を置いた。
「血の跡……ここに、いたんだ…」
地面に広がる大量の血痕は、所々が少し乾き始めていた。
リナリーの目から、次々と雫が落ちる。
「でもいない、どこにもアレンくんがいない…!」
少し先に落ちていたスペードのエースのトランプカードをラビが拾う。
クロウリーを連れた汽車での記憶が、頭をよぎった。
「……ライは……?」
ポツリとリナリーが言う。
「ライは、ここにはいなかった……じゃあ、ライはどこ……?」
「ティムの映像を見ただけだと、どこにいるかわからない……アレンがスーマンを引っ張り出した後、消滅の爆発に巻き込まれたまま行方不明さ…」
「…いや……嫌よ……ライっ………」
そのまま誰も何も話さないでいる中、ピピ、とラビのゴーレムから通信を受け取った音がした。
"聞こえるか、ラビ"
その声はブックマンのもの。
「…何?」
ザワついた胸を抑えるように、静かに言葉を紡ぐ。
"港へ戻れ。使者が来た"
「使者?」
* * *
何も話すことなく、静かに港へ戻ったラビとリナリーを待っていたのは、所々に擦り傷を負ったブックマンとクロウリー、そしてアニタとマホジャ。
そして真面目な顔付きでいる彼らの中心に立つ、フードを被った大柄な人物。
「お久しぶりでございます、リナリー様」
「!」
聞き覚えのある声に、リナリーが顔を上げる。
男がスっとフードを上げると、見覚えのある整えられた顎髭が覗いた。
「あなたは…アジア支部員の…」
「ウォンにございます」
黒の教団 アジア区支部長補佐役 サモ・ハン・ウォン。
「取り急ぎ、我ら支部長の伝言をお伝えに参りました」
「伝言?」
「こちらの部隊のアレン・ウォーカー、並びにライ・トキハは、我らが発見し、引き取らせて頂きました」
ウォンの言葉にリナリーが目を見開いた。
ぐっとウォンへ詰め寄る。
「本当に…!?」
「はい」
そんなリナリーを受け止め、ウォンは短く返事を返した。
「二人は…アレンくんとライは無事なの?お願いウォンさん今すぐ二人に会わせて!」
しかし、
「あなた方は今すぐ出航なさってください」
喜びは一瞬で終わる。
「アレン・ウォーカーとは、中国でお別れです。辛いと存じますが、」
「…ちょっと待つさ」
「何でしょう」
ウォンの言葉を遮ったのはラビだった。
「今、アレン・ウォーカーとは、って言ったな。じゃあライはどこだ」
鋭く見つめるラビの目を真っ直ぐと見つめ返し、ウォンはスっと目を伏せた。
「ライ様については、今は何もお伝えできません」
「どういう、こと…?」
「申し訳ございません」
「……っ…」
そのまま頭を下げたウォンの服をリナリーがぎゅっと握る。
リナリー、とラビが呼びかけた。
「お前もティムのメモリーを見ただろ。アレンはイノセンスを失ったんだ。あの時点でどのみちアイツはエクソシストじゃなくなった」
頭を下げたまま、リナリーが小さく息を吸った。
「……じゃあ、ライは…?どうしてライがここにいないの…っ」
「そんなのオレも知りたいさ…!でも…っ…オレ達は、進まなきゃならないんだ」
リナリーへ突き刺さる、残酷な言葉。
そのまま二人は黙ってしまった。
そんな中、アニタがウォンへ声をかけた。
「ですが、私共の船は昨夜の戦闘で酷くやられました。今すぐとはとても……修理には相当かかります」
至る所に大穴が開き、柱は折れ、手すりも崩れた船を動かすには、何日もの修復作業が必要だ。
「心配御無用」
そんなアニタの心配を他所に、ボロボロになった舵に手を伸ばす一人のエクソシスト。
「本部から新しいエクソシストがこちらに来ております。彼女がいれば出航できるでしょう」
ウォンが船を見上げた。
「え?」
釣られて上を見上げたラビの目に映ったのは、先程舵に触れていたエクソシスト。
「彼女…ミランダ・ロットーなら」
あの、巻き戻しの街で出会ったミランダその人だった。