「あーーー知ってるぜ、ソイツなら。おかしな仮面つけた赤毛の異人だろ?」(中国語)
『えっ?』(英語)
「むほっ!?」(英語)
道中たまたま立ち寄った饅頭屋。
そこの店主が、いい笑顔で親指を立ててアレンに言った。
饅頭を頬張るアレンの横で、クロスの似顔絵と、その上に中国語で「この人知りませんか?」と書かれた紙を咥えてティムが飛んでいる。
その横では人数分の饅頭が入った袋を抱えたライがぱちくりと瞬きを繰り返した。
「饅頭、あと10個買ってくれたら教えてやるよーん」(中国語)
「ま、待って、中国語チンプンカンプン…」(英語)
『リナリー!この人何か知ってるっぽい!』(英語)
* * *
『…妓楼の、女主人…?』
饅頭屋の店主から話を聞いたリナリーの後に続いて辿り着いた先。
「饅頭屋の店主が言うには、最近その女主人にできた恋人がクロス元帥なんだって」
「なんて師匠らしい情報…」
「しっかし派手だなぁー」
「ここの港じゃ一番のお店らしいよ」
六人の目の前に大きくそびえる絢爛豪華な建物からは、シャンシャンと微かに鈴の音が聞こえる。
ついにクロスを見つけたとわいわいする一同とは逆に、アレンは一人暗い空気を纏っていたのだった。
そんな中ライが店の入口を潜ろうとすると、
「待てコラ」
『?』
ライが入るよりも先にヌッと現れた巨大な影。
つられて首をほぼ真上へと向けるライの前に、さりげなくアレンとラビが立った。
「ウチは一見さんとガキはお断りだよ」
そう言って腕をポキポキと鳴らすのは、強靭な肉体を持つ強面なスキンヘッドの人物。
「(デ、デカイ…!!)ご、ごめんなさい!何かよくわかんないけどごめんなさい!」(英語)
「(えっウソ胸がある!?)うそだ!女!?」(英語)
『オイラビ失礼だぞ』(英語)
ひょい、と片手で軽々アレンの首元を掴んで持ち上げたその女性は、続けてもう片手でラビをも持ち上げた。
「わーーーっ!?」(英語)
『リナリー、なんとか出来るか!』(英語)
「仲間を放して!私達は客じゃないわ!」(中国語)
と、
「裏口へお回りください」
持ち上げたアレンの耳元で、ボソリと女性が話したのは…
「(!英語…!)」
「こちらからは主の部屋に通じておりませんので」
そして全員に見えるように、女性は小さく舌を出した。
そこに掘られていたのは、小さな十字架。
「我らは教団のサポーターでございます」
マホジャと名乗った女性に連れられ少し歩いた所にあったのは、思ったよりも簡単な造りの建物だった。
開けられたドアを潜れば、比較的狭い部屋の奥で床に膝をつく一人の女性。
美しい着物で身を包み、その髪についた飾りが彼女のゆったりとした上品な動きに合わせて透明な音を立てた。
「いらっしゃいませ、エクソシスト様方。ここの店主のアニタと申します」
その声は、まるで先程鳴った鈴のよう。
「はじめまして」
美しい彼女の姿に、誰もが動きを止めた。
「さっそくで申し訳ないのですが、クロス様はもうここにはおりません」
続いた言葉に、時が止まる。
「「「「「『え?』」」」」」
「旅立たれました。八日ほど前に。そして…」
アニタの表情に影が落ちる。
* * *
「うん、船の準備が整い次第、明朝には発つわ」
『たぶん、こっから先は通信ができないと思う。あそこは島国だし…戻ってきたらまた連絡する』
ライとリナリーは個室で科学班のリーバーに電話を繋いでいた。
「アニタさんのお店に電話機があってよかったわ」
『ん、そーだな』
二人が小さく微笑み合えば、真面目そうなリーバーの声が聞こえた。
"二人とも、室長に代わんなくていいのか?"
「ダメだよ。それじゃ、リーバー班長にかけた意味ないじゃない」
"ま、確かに。よく室長が今仮眠中だってわかったな。千里眼でも持ってんのか?"
『オレも最初はコムイさんにかけるつもりだったんだけどな。リナリーがリーバーさんにって』
「ふふ…なんとなくだよ」
少しの静寂。
受話器の向こうから、慌ただしく動く科学班の声が聞こえる。
「………たくさん死んだんだね。みんな無理してない?ちゃんと休んでる?」
"大丈夫ダイジョブ、インテリって意外に根性あるんよ?"
『オレらが帰る前にみんな過労死なんてやめろよ』
"嫌なジョーダン言うな"
ライの手が、そっとリナリーの頭へと乗せられた。
ライは長く教団にいる身だが、リナリーの方がライより少しだけ長く教団にいる。
きっと二人がよく知る人の中にも、恐らく、リナリーだけが知っている人の中にも、どこかで静かに眠っている人がいるだろう。
"お前達の隊は、みんな無事で帰ってきてくれな"
心に響くその言葉に、リナリーは涙を流し、ライは小さく返事をした。
* * *
「今…なんて…?」
アニタはその顔に影を落としたまま、自身へ言い聞かせるように言った。
「八日前旅立たれたクロス様を乗せた船が、海上にて撃沈されたと申したのです」
「確信はおありか?」
ブックマンの問いに、アニタは張り詰めた顔を上げた。
「救援信号を受けた他の船が救助に向かいました。ですが、船も人もどこにも見当たらず、そこには不気味な残骸と毒の海が広がっていたそうです」
『アクマか…?』
「たぶんな」
ぽつりと言ったライに、ラビが答えた。
「師匠はどこへ向かったんですか」
全員が思考を巡らせる中、真っ直ぐなアレンの声がその場に響いた。
「沈んだ船の行き先は、どこだったんですか?」
視線がアレンに集中する。
「僕の師匠は、そんなことで沈みませんよ」
その中で一番驚いたような目を向けたアニタは、じわりとその瞳に涙を浮かばせた。
そして、それは筋となって零れた。
「…………そう思う?」
『(この人はきっと、心からあの人を愛していたんだろうな)』
強いアレンの視線に応えるかのように、アニタは入口に控えるマホジャを呼ぶ。
「マホジャ、私の船を出しておくれ。……私は母の代より教団の協力者として陰ながらお力添えしてまいりました。クロス様を追われるのなら、我らがご案内しましょう」
そう言って静かに立ち上がったアニタは、真っ直ぐとこちらに視線を向けた。
「行き先は日本……江戸でございます」