「しかし、品の良さそうな顔してエグイ奴だったなー」
「ありゃイカサマのプロだな」
「それより一緒にいた女!中々の美人だったよな」
「俺も思った!いいよなぁ…あんな美人と一緒にいれてよぉ」
「賭けに勝ってりゃあなぁ…」
汽車を見送る瓶底メガネの男とイーズと呼ばれた少年の後ろでは、仲間の男達がわいわいと話をしている。
「…………」
汽車が見えなくなった頃、イーズはアレンに渡そうとしていた手元のペンダントへと視線を落とした。
「それは大事にしまっとけよ、イーズ」
その小さな頭に、瓶底メガネの男の手がぽんと乗せられた。
「せっかくお前のために取ってきた大物の銀なんだからさ」
男を見上げるイーズの手の中で鈍く光るのは、ライ達エクソシストの身を包む団服に付けられた大きなボタンの装飾によく似ていた。
「ティキ!イーズ!行くぞっ、さっさと工場主に挨拶してメシに与ろうぜ!」
「おー」
瓶底メガネの男……ティキがなんともやる気のない返事をした時。
ジリリリリン
近くにあった電話機が大きな音を立てた。
躊躇なくそれを取るティキ、そして…
「別の仕事入っちゃったあ」
「また秘密のバイトかよ!最近多いぞテメー!」
「しょうがねェよ。じゃあオレらで行ってくんぜ」
「悪いな」
ゴメーン、とどこか女子高生のようなノリのティキに、残された二人の男はそれぞれの反応を返す。
そしてイーズを連れて歩きだそうとした時、イーズがくるりとティキを振り返った。
「ティキ」
「?」
「また、ぎんをとってかえってきてね…」
その言葉にティキはにやりと口端を上げた。
連れられるイーズの首から下げられたペンダントが、胸元で鈍く光る。
歩みに合わせて揺れるそれはふわりと浮き、その裏に現れたのは小さく掘られた文字列。
Kevin Yeegar
ケビン・イエーガー
* * *
トロッコが通る大きなトンネルの前にティキはいた。
トンネルの向こうには大柄な一つのシルエット。
「先にメシ食わせてもらえます?」
タバコの煙と共に吐き出された言葉。
ポテ、と短くなった煙草が地面に落ちた。
「いいですヨv」
ティキの言葉に反応したのは、先程のシルエットの持ち主。
ピアノをモチーフにした大きなシルクハットの下からは、人間のものとは思えない細長く大きな耳が覗いている。
「よかった、腹ペコなんスよ」
大柄な男は、人間のものとは思えないほどの大きな口をしていた。
「ただし、正装してくださいネvその格好じゃ三ツ星に入れませんカラv」
「わぉ。そんなんばっか食ってるから太るんスよ」
トンネルの中へと歩みを進めるティキの瓶底メガネがゆっくりと溶けるように消えていく。
「太ってませンv」
「ま、たらふく食えりゃブタの飯でもいいや」
その肌が、影に重なるように徐々に浅黒く変色していく。
「言葉使いも直してくださいネv」
大柄な男がシンプルなシルクハットを放り、ティキがそれを片手で受け止めた。
「ティキ・ミック卿」
トンネルによって影となっていた地面から一歩、日で照らされた地面へと踏み出された足は、上等なスーツと革靴に包まれていた。
そして、完全に日の元へと現れたティキの姿は先程とは正反対で。
浅黒い裸を包む、どこか貴族のようなコートスーツ。
白い手袋をはめた片手で無造作な前髪をオールバックに持ち上げれば、額には七つの黒い十字架の紋。
「はいはい」
シルクハットを被ったティキが、ゆるりと大柄な男を振り返る。
「千年公のおおせのままに」
* * *
千年公の後に続いた先には、一人の先客がいた。
「よぉティッキー。Hola(オーラ)」
「うげ。何してんのよ」
「見てわかんねェ?ベンキョォー」
それはつい先日、ライ達が巻き戻しの街で戦ったロードというノアの少女。
豪華な食事が並べられたテーブルの上に重ねられたいくつもの本は、どうやらロードの学校の宿題の様だ。
「学校の宿題、明日までなんですっテv」
「やべェの、手伝ってぇ」
「学無ェんだよオレは」
「字くらい書けんだろ」
「今夜は徹夜でスv」
「ねぇチョット、まさかオレ呼んだのって宿題のため?」
なんやかんや手伝わされているティキの前に、突然、千年公がスっとカードをかざした。
「ひとつめのお仕事vここへ私の使いとして行ってきて欲しいんでスv」
「遠っ」
「まあそう言わずニv」
ふたつめのお仕事、と千年公が持っていたカードをずらすと、後ろから新たなカードが現れた。
「ここに記した人物をデリートしてくださイv」
「!」
一瞬ティキの表情に曇りが落ちるのを、ロードは見逃さなかった。
「多っ!了解っス」
そう言って立ちあがると、そそくさとシルクハットを持ち上げ頭へと乗せる。
「そんじゃ、宿題がんばってね」
千年公から受け取ったカードを指に挟みひらりと手を振るティキをロードが呼び止めた。
「ティッキィー、手伝ってくれてありがとぉ」
「……家族だからな…」
ふ、と口端を持ち上げたティキに、それとさぁ、とロードが続ける。
「ライに会ったでしょぉ?」
ティキの目がほんの僅かに開く。
「会ったみたいだねぇ」
「…アレ、渡してきただけだ」
「へぇ。どうだった?」
「特になーんにも」
「ふーん。ま、どうでもいいけどぉ。いくらティッキーでも、ライはあげないよ〜?」
「いつからあいつはお前のになったんだよ…」
じゃあな、とティキは姿を消した。
それをじっと見送ると、千年公が小さく呟く。
「ティキぽん…辛いのかナv」
「人間と仲いいレロもんねぇ」
「辛いってゆーかさぁ、怖いんじゃないのぉ」
* * *
とある街。
ティキが重くため息をついた。
「(しばらくこっちの生活か…)」
ドン
突然、ティキの目の前の壁が爆発したかのように弾け、驚くティキの前に姿を現したのは、
「ハァ…ハァ、………!」
ティエドール部隊、デイシャ・バリー。
ザ サザッ
…殺す の って
ザザザー
ピーーー ガガッ
楽し ぃ…
ガガッ ザーーー
「あ?何か言ったか?」
「デイシャ?」
それぞれの持ち場で突然鳴ったゴーレムに反応したのは、同じくティエドール部隊、神田ユウ、ノイズ・マリ。
気をつけないと、戻れなくなっちまう。
失いたくない、ただ…
白いオレと黒いオレ、どっちもあるから楽しいんだよ。
ティキの顔が快楽に歪む。
「デイシャのゴーレムだ」
程なくしてティエドール部隊の集合地に現れたのは、神田とマリ、そして、持ち主を失ったゴーレムが一体。