私の祖父、初代アレイスター・クロウリーは大変奇天烈な人で、この城にある物はすべて御祖父様が生前集めていたコレクションであった。
特に御祖父様が「レアモノ」と言って重宝していたのがこの古代植物達。
奇声を発し、城を訪れる客人達を襲うため、いつの間にか我らは “吸血鬼” と噂されるようになった。
御祖父様が死に、彼の膨大なコレクションの中にひとり残され、村人たちに “吸血鬼” と忌み嫌われていた私は、ある日気がついた。
自分もまるで、御祖父様のコレクションのようだと。
ここにある物はすべて御祖父様のモノ。
私のモノは何ひとつ。
私が存在した証が欲しかった。
「ア……レイ…スター…あなたを、愛しタかったのにナ……」
エリアーデは消え、体が元に戻ったクロウリーだけがそこに立っていた。
主を無くした球体が次々に弾け、やがてそれは雨のように降り注いだ。
* * *
「愛してる、愛してる、愛してる……なあ、オレらイタくねェ?」
「でもホラ、花が噛みついてこなくなりましたよ!」
『いやあこうして見ると結構可愛いよな、この花』
綺麗だし、と笑うライは未だに蔦が絡まるアレンやラビとは違って完全に拘束も解け、一つの花の上に座って近寄る花を撫でている。
「なんでライだけ!!ずるい!!」
「ああほらラビ、続けないとまた噛まれますよ」
「ちょ、まっ、愛してる愛してる愛してるーーー!!」
そんなことを続けていると、
「!ちべてっ」
「えっ…雨!?」
『ここ城の中だぞ…?』
雨によるものなのか、やっと大人しくなった花から解放された三人が先程は見えなかった方へ足を進めると、一つのバラのような巨大な花の上で背を丸めるクロウリーがいた。
「クロウリーさん?」
アレンが声をかけた途端、クロウリーはボソリと口を開いた。
「このアホ花…」
一度開けた口が閉まることはなかった。
「ブス花クソ花グロ花ウンコ花ーーー!!!」
四人の足元にいた巨大な花が、ぐわ、と大きく口を開く。
そしてそのまま四人を飲み込んだ。
『えっ!?』
「うわぁあああ!!」
「クロちゃん何やってんだーーー!!」
「うるさいである!!!」
一際大きなクロウリーの声。
「私はエリアーデを壊した……もう…生きる気力もないである…」
『それを人は自殺という』
「「(しかも巻き添え)」」
ドン引きなアレンとラビを他所にクロウリーは大粒の涙を零して更に叫んだ。
「さあ私を殺せであるドアホ花ー!!!」
「「ぎゃああああやめろボケー!!」」
咄嗟にアレンが勢いよくクロウリーの口を塞ぐ。
「落ち着いてください!!」
『ちょ、今ぐきって…』
「!右腕、負傷してるじゃないですか」
エリアーデの血を飲んでもまだ、クロウリーの右腕だけは元に戻らなかったようだ。
「こんなもの…またアクマの血を飲めば治るであろう…」
ポツリと呟いたクロウリーは、徐々に乾いた笑みを浮かべた。
「はは…はっ…とんだ化物になったものだ、私は………愛していたものを、手にかけてしまった。死にたい…」
死にたい、その言葉を聞いた途端、アレンがクロウリーに掴みかかる。
「そんなに辛いなら、エクソシストになればいい」
それをじっと見つめるライとラビ。
「エクソシストはアクマを壊すんですよ。あなたはエリアーデというアクマを壊したんです。そしてこれからもアクマを壊し続ければ、それがエリアーデを壊した「理由」になる。理由があれば生きられる……理由の為に生きればいいじゃないですか」
あなたもまた、神の使徒なんだ…
大粒の涙が一つ、落ちて弾けた。
* * *
『でね、こんな人なんだけど…』
「ああ…その男なら確かにここに来たである」
あの後なんとか一段落した四人は、戦いによってボロボロになった城の一角に座っていた。
クロウリーにゲオルグが描いてくれたクロスの絵を見せると、どうやら見覚えがあるらしい。
「おーう!?」
「何しに来たんです、この人?」
「御祖父様の訃報を聞いて来た友人とかで、預かっていたものを返しに来たと…」
「預かっていたモノ?」
「花である。食人花の赤ちゃん」
へっくしょい、とライの後ろでラビが盛大にくしゃみをした。
『大丈夫か?』
「うー…謎の雨のせいで冷えたんさぁ…ライ、温めて」
『アホか』
「ハイ」
「……今思えばあの花が君たちの言うイノセンスだったのかもしれない」
ライ達が話している間に話が進んでいたようだ。
どうやらクロスが持ってきた食人花の赤ちゃんが突然クロウリーに噛みつき、体が熱く苦しくなったと思ったら歯が抜け、そして新しく生えてきたのは鋭い牙のような歯…
「それ以来私はアクマを襲うようになり、エリアーデと…」
出会った時を思い出し、そして先程の戦闘を思い出したクロウリーはそこまで言って目に涙を浮かべた。
「オレらは今その男を探してんだ。クロちゃん、何か知らないさ?」
「そういえば、東国へ行きたいから友人の孫のよしみで金を貸せと…」
『「「(ここでもかーーー!!!)」」』
と、突然立ち上がったクロウリーに三人の視線が上がった。
「先に…城の外で待っていてくれないか…?旅支度をしてくるである」
『手伝うこと、あるか?』
「一人で大丈夫である。ありがとう」
覚悟を決めたのであろうクロウリーに、三人は小さく笑みを向けた。
* * *
「あーーー、もーすぐ夜が明けるさ」
『だなー。今まで忘れてたけどすげぇ眠い…』
ふあ、と欠伸を漏らすライの横でラビが大きく伸びをした。
その様子にアレンは小さく苦笑する。
「なんか散々な夜だったさぁ」
「でも、師匠の手がかりが掴めました。あれだけの金額を借りてるなら中国大陸まで行けますよ」
『中国ってーと、リナリーのとこか』
ライの言葉を最後に沈黙が訪れる。
ちらりとアレンを見ると、なんとも言えない微妙な顔をして空を眺めていた。
『……アレン、そんな顔すんな』
「ライ…」
「ま、確かにあんま前向きな方法じゃねェかもだけど、今のクロちゃんには「理由」が必要だったと思うぜ」
『オレにはあんな言葉かけてあげられなかった。きっといつか、楽になるよ』
ドン
「!!!」
「城が…っ」
突然背後で大きな音を立てて爆発した城は、みるみるうちに炎の中へと消えていく。
『クロウリーさん、まさか、』
呆然と見つめる三人の視界に、炎の中からユラユラと出てくる一つの影が映る。
「!」
三人の顔を見たクロウリーが、小さく笑った。
「はは……なんであるかその顔は」
エリアーデ、私はアクマを壊し続ける。
「死んだと思ったであるか?」
でなければ何のために私は、
「大丈夫である」
お前を壊したのだ。