派手な音を立てて、エリアーデによってクロウリーが吹っ飛ばされた。
「あっ…が……っ」
『クロウリーさん!』
飛び出そうとしたライを制したのは、エリアーデの声。
「うまく飼い慣らして利用してやるつもりだったが、もういいわ!!お前をエクソシストにさせるワケにはいかないんだ!殺してやる!!」
愛する者からの思いもよらない言葉に、現状に見開かれたクロウリーの目にじわりと涙が浮かんだ。
「ヤベェさ!クロちゃん、さっきオレらとバトってヘロヘロだった!!助けねェと…っ」
「(クロちゃん!?)」
『いくぞ、すい…っ!?』
と、飛び出そうと踏み込んだ足元に突然亀裂が入り、そのまま床を砕きながら出てきたのは、入口にあったものと同じような巨大な花達だった。
『うえええ!?』
「花が床をブチ破って来なさった!?」
「まだあったんかーーー!!!」
その蔦が勢いのまま宙に浮く三人の体へぐるぐると巻きついていく。
「どんどん出てくる!!」
「チクショー何なんだお前ら!!」
『これじゃクロウリーさんのとこに行けねぇ…!』
後から後から湧き出てくる花達は、三人とクロウリー達の間をどんどん埋めつくし、ついには何も見えなくなってしまった。
三人の叫び声だけがクロウリー達の元へと届く。
「フン、じーさんの形見がエサが欲しいって泣いてるわよ。あんたの血肉でも与えといたげましょうか?」
その様子を見ていたエリアーデは床にへたり込むクロウリーへと冷たく声を投げかけた。
「愛してたのに…」
顔を涙と鼻水で濡らしたクロウリーが、小さく口を開く。
「初めてお前を見た時からずっと…」
二人が出会ったのは、偶然か、それとも。
「お前に見惚れていた私を、敵ならばどうしてあの時殺さず今まで側にいたのだ」
「だから利用したって言ってんでしょ。やってみたいことがあったのよ。そのために、正直ずっとあんたを殺すのを我慢してたの…」
そうか、とクロウリーが呟いた。
「お前は本当にアクマなのだな…」
お前がそうなら、自分も…
クロウリーは自身の手に着いたエリアーデの血をぺろりと舐めた。
体を廻る、本能。
「私もずっと、お前を殺したかった!!!」
そこにいたのは先程までの弱々しいクロウリーではなく、エクソシストとなったクロウリーが力強い視線でエリアーデを見つめていた。
* * *
一方で、大量の食人花に巻き込まれた三人は。
「ギャッ!!」
『ラビ、大丈夫か…?』
「痛ってぇ!!チクショーめ、これじゃクロちゃんが見えないさ!」
全員蔦によってぐるぐる巻きにされ身動きが取れない中、何故かラビだけが食人花の餌食になっている。
『あれ?鎚は?』
「落とした!!」
『はぁ!?』
ゲシゲシと花を蹴るラビの横でため息をつくのは、無抵抗のままぐるぐる巻きにされたライ。
『にしてもホント、全然あっちが見えねぇな…』
「向こうで何が起こっているんだ?」
ドン
「!?」
『なんだ?』
食人花に埋め尽くされた景色の奥から一度、大きな物音がしたかと思うと、それはどんどん激しさを増していく。
「……!音がする」
「戦ってるさ…?」
『まずい、早く…ラビーーー!?』
「!!!」
言いながらラビを振り返ったライの目に、丁度花に飲み込まれ腕だけが飛び出しているラビの姿が目に入った。
半秒遅れて、現状を理解したラビの叫び声が響く。
中で暴れているのか、花の所々からボコボコと殴る音が聞こえてくる。
「ラビーーー!!落ち着いて、僕の言う通りにしてください!」
「アホか!落ち着いたら喰われる!!」
『いいから落ち着けアホ!!』
ライの声に続くようにアレンが言った。
「最初に花に襲われた時に思い出したんですけど!師匠といた頃、僕、これと同種の花を世話してたことがあるんです!」
「マジで!?じゃあこいつら止められるん?」
「はい。この花は好意を持つ人間には噛みつきません。だから、心を込めて花達に愛情表現してください」
『…意外と可愛いなこいつら』
ぽつりと呟いたライの声が聞こえたのか、少しだけライに絡む蔦が緩くなったような気がした。
同時に響く、ラビの声。
「I LOVE YOUーーーーー!!!」
* * *
激しい戦いの最中にいる、クロウリーとエリアーデ。
大きく口を開きその牙を覗かせ、エリアーデの首元へと噛み付こうとしたクロウリーの周りに、いくつもの球体が浮かび広がった。
「!?」
咄嗟にその場を離れたクロウリーに、エリアーデが小さく笑う。
「フフ、鋭いわね。離れたのは正解よ。このボールはアタシの能力」
「能力?」
「よけきれるかしら?」
地面へ足を着いたクロウリーへいくつもの球体が迫った。
軽々と避けていくうちに、その一つが食人花を包む。
と、ボールが弾け、包まれていた食人花はみるみるうちに枯れていった。
「(花がしおれた!?)」
「そうら、まだあるわよ!」
「む!!」
流石の量に避けきれなかったのか、ボールがクロウリーの右腕を包む。
弾けると同時にクロウリーの右腕は枯れ、紙のように薄く潰れてしまった。
「おのれがぁ!」
低く唸るクロウリーが次に迫るボールを掻き切れば、ボールの中からは水のような液体が溢れた。
「(これは…水!?)…なるほど」
すたりと着地したクロウリーの周りは、食人花どころか硬い建物でさえも部分的に枯れ果てている。
「この玉は固体の水分を蒸発させ封じ込めるものか。くだらんな。エリアーデ、お祖父様の花を傷つけた罪は重いぞ」
「フン、発動してハイになってもみみっちい所は変わんないんだから、この引きこもり。こんなモノ、ホントはどうでもいいんじゃないの!?」
エリアーデの言葉にだんだんと力が入っていく。
「そとへ行けないのを全部じじいのせいにしてさ!自分が城を出て傷つくのが怖いだけでしょーーーが!!ブァーーーカ!!!臆病者!!お前なんかこの城で朽ち果てんのがお似合いよ!!!」
「ああ…」
小さく返したクロウリーは真剣な目で真っ直ぐと、アクマの姿となったエリアーデを見つめた。
「お前とならそんな生涯を送ることになってもいいと思っていた。エリアーデ」
アクマでもやはり、
「だが、醜いお前は見たくない」
エリアーデが好きだ。
お前となら…
「跡形もなく消えろ」
クロウリーが床を蹴る。
「いやよ!」
それに反応し、エリアーデがボールをいくつも吐き出した。
避けることなく真っ直ぐにエリアーデへと向かうクロウリーの手、腰、足が次々と枯れていく。
「おぉお…っ……うおおおおおおお!!!」
エリアーデの目前で大量のボールに包まれ、弾けると共に、頭だけを残して枯れたクロウリーが地面へと落ちていった。
さようなら、アレイスター。
それを、体を元に戻しながらじっと見つめるエリアーデ。
あたしがずっとしてみたかったことはね、人間の女共が「一番キレイになる」方法。
どんなにあたしより劣っていた女でも、それをすると眩しいくらい「きれい」になったから。
でも、どんなに望んでもあたしにそれはできなかった。
だってあたしはアクマだから、近づいた男を殺してしまうのよ。
もしあたしに殺されない男がいるとしたら…それは……
風を切る音。
それは、あたしを壊す男。
目を見開いたエリアーデの首元に、頭だけとなったクロウリーが噛み付いていた。
じゅる、と血を吸う音がエリアーデの耳に届く。
「なんだ…まだ、動けたの……?」
皮肉ね。
ずっと、あたしだけの吸血鬼で…