『ちょ、ラビ、流石に判はマズイんじゃ…?』
「ダイジョブさ、ちゃーんと手加減してやっから」
『う、うーん…』
ライは自分とラビの周りに浮かぶ判をぐるりと見回しながら困ったような声を上げるが、ラビはにしりとイタズラっぽい笑みを浮かべている。
それに、とラビは続けた。
「それに、いつまでもやりあってるんじゃ埒が明かないさ。こっちのが手っ取り早いっしょー?」
『…どーなっても知らないからな』
ピ キ
「うあ゙あああ…ぐがががが…?」
ライとラビが話していると、突然、クロウリーが頭を抱え苦しみ始めた。
思わず話を止めた二人は、揃ってクロウリーの方を向く。
「はれっ?」
『え!?ちょ、ラビなんかした!?』
「まだなんもしてねェさ!?」
あわあわと慌てクロウリーへ駆け寄ろうか駆け寄らまいか悩みその場でそわそわと足踏みをするライを他所に、ラビはクロウリーへと声をなげかけた。
「おぅい、どしたぁ?」
「ふぎぎぎぎぎ…がはっ、はあああっ」
『えっちょ、マジで大丈夫!?』
変わらず呻きながら近くの大木へと背中を打ち付けるようにして持たれたクロウリーは、片手で自身の顔を覆う。
「ぐっそぉ…!!燃料切れかぁあああ!!!」
『(燃料…?アクマの血のことか…?)』
エリアーデの血をもっと吸っとけば…
変わりゆく自身の中で、頭に浮かぶのはずっと自分と共にいてくれたただ一人の愛する人。
だが、その血を更に吸うことになれば、彼女は…
「ダメである!!!」
『「(「ある」!?)」』
「うぐぐっ、ちくしょお…!」
『ていうか今ちらっと見えた顔、別人じゃ…?』
「オレも思ったさ…」
小声でこそこそと話すライとラビの向こうでは、未だに頭を抱え苦しそうに震えるクロウリーの姿。
「まぁいいか。ワケはまったく知らねェけど、こっちにとっちゃチャンスさ」
『え゙…この状態で?』
「恨まないでね」
「ぐぐぐ…」
ニコ、といい笑顔を浮かべたラビは顔を引き攣らせるライをスルーし、スっと槌を持ち上げた。
イノセンス、第2開放ーーー「判」
そして周りに浮かぶ判のうち「火」の判へとその表面を叩きつけた。
そのままの勢いで地面を強く打ち付ければ、そこを中心にラビやライ、クロウリーをも超えて地面に大きく広がる「火」の文字。
「劫火灰燼」
火判
「!!」
『ありゃー…』
クロウリーを包み込み立ち上る火の柱、それは巨大な火の蛇を模したもの。
「ああああ、うわあああああ!!」
火の蛇は口を大きく開けると、クロウリーを包み焼き焦がしながら城の壁へと派手な音を立てて激突した。
「安心せい、火加減はしといたさ」
『じゃないわ!!!』
「あだっ!?」
ふう、と息をついたラビの背中に頭突きをするかのように突っ込んだライは、目をぱちくりさせるラビを見上げながら先程派手な音を立てた城を指さした。
『激突だぞ!?火加減関係ないよ!?』
「それは、まぁ、成り行き…?」
『もう!オレらも早く行くぞ!』
「うーい」
いつの間にか発動を解いていたライは言いながらラビの持つ槌の柄を片手でぎゅっと握り、それを横目で確認したラビも緩い返事をしながら片足を柄にかけ、もう片足で地面を蹴る。
ライは足が地面から離れる瞬間、地面を軽く蹴り器用に体を捻るとストンとラビの後ろへと座った。
『だいじょぶかなぁあの人…』
柄の先で大きな窓ガラスを割りながら城の中へと入った二人が目にしたのは、何故か宙にいるアレンの姿。
『え、アレンて空飛べ……てないよあれ!?落ちる!ラビ!』
「あいよー」
重力に従って落下しようとするアレンのコートを、鎚の柄をしっかりと握ったラビが片手で掴んだ。
「よう、アレン」
「ラビ!!ライ!」
元気そうなライとラビに安堵そうにしながらも、突然のことに驚くアレン。
見上げたその顔を見たライは、きょとりとその顔を…正しくは、アレンの左眼を見つめた。
『アレン、その眼…』
「あれ?お前、左眼治ったんか。……!」
ライの言葉にラビも声を上げるが、視界の端でなにかを捉えたのかふと顔を上げ、そしてその目が徐々に見開かれていく。
「おいアレン、あの女…!?」
自然とライの視線もそちらへ向かい、倒れたクロウリーと彼に寄り添うエリアーデの姿を確認した途端、その目はラビと同じように見開かれた。
『何だ…あれ…』
* * *
あたしの「皮」になった女の姿が、とても美しかったのも理由の一つかもしれない。
人間の女の人生って楽しい。
「きれい」だとみんなあたしに近づき褒めてくれた。
でも、アクマのあたしはお腹が空いて、近づいてきた男たちはみんな死んでしまった。
あたしにはひとつ、どうしてもやりたいことがあった。
でもそれはきっと無理ね。
だってあたしはアクマだもの。
そんな時だった。
貴方と出会ったのは。
* * *
「アレイスター様」
「!?エエ…エリアーデ、何であるかそれは…」
「え?」
床に降りたライとラビの顔は未だに驚きに包まれていた。
「おお、お前のその…体から出ているものは……」
震える声で言うクロウリーにも “それ” は見えているようだ。
「何なのだ…!?」
「!!!」
エリアーデの肩口から立ち上る “それ” は、
「冥界から呼び戻され、兵器のエネルギー源として拘束された “アクマの魂” …か?」
『そう、なのか?アレン…なんでオレらにも見えてんだ…?』
「お前のその、左眼のせいか?」
口元を引くつかせたラビがゆっくりとアレンの左眼を視界に入れた。
ライは周りを疎かに、じっとアクマの魂を凝視している。
「(マナの呪いが、強くなった?この左眼が写しとったアクマの魂が、僕以外の人間にも見えるようになったのか!?)」
そっと左眼を覆うアレンを他所に、ラビが叫んだ。
「クロちゃん!その姉ちゃんはアクマさ!!説明したろさっき!あんたとオレらの敵さ!!」
その声に、クロウリーはゆるりと視線をエリアーデへと戻した。
「エリアーデ…?お前は何か、知っているのか…?私は…私は…?」
ポタ、とエリアーデの血がクロウリーの手袋をはめた手へと落ちた。
その血には小さな歯車が混ざっている。
どくん、どくん、とクロウリーの鼓動が早くなった。
「あーあ」
全てを諦めたようなエリアーデの冷たい声。
「ブチ壊しよ、もう」
瞬間、クロウリーの目の前にいたのは先程のエリアーデではなく、アクマとなったエリアーデだった。