ザッ、ザッ、と土を掘る音が小さく響く。
やがて、スコップが何か硬いものに当たる音がした。
「…出た」
長くなった白髪を後ろで縛り、アレンはスコップで、ラビとライは細い丸太で土をかき分け、現れたのは木で作られた簡素な棺だった。
「出たぞ」
「そうですね」
『…で、これ誰が開けるの?』
ライの問いに静まり返る場……
『「「じゃんけんポン!」」』
ラビはグー、アレンとライがチョキ。
やったさ!とラビが両手の拳を上へ突き上げた。
『うへ…』
ライはチョキを作った自分の手を嫌そうに見つめて顔を顰めている。
と、アレンが困ったように笑いながら、
「ライ、大丈夫、僕が開けますよ」
『え、でも…』
「女の子にこんなことさせられませんよ」
『「(紳士かよ…)」あ、ありがとうアレン…』
「じゃっ、失礼します!」
改めて棺の前に膝を着いたアレンは両手を合わせてから棺の蓋へと手を伸ばした。
「(モロい…)」
案外簡単にパキパキと軽い音を立てて壊れるように開く蓋。
重い音と共に開いたそこを覗くと、
「…………」
「皮の肉が腐ってる」
『…アクマ、だな』
ペンタクルが浮き出た棺の中に、腐った人間の皮を少しだけ纏った魔導式ボディが横たわっていた。
そこから三人は協力して残り全ての墓を掘り起こしていった。
中身は全て同じ、魔導式ボディ。
「全部アクマだ…地面のペンタクルは外装が腐って中身が漏れたんだな」
一つの棺の前に座り込むラビが立ち込める腐乱臭に口元を覆いながら言う。
ライはその言葉に近くの棺を見下ろした。
もはや男か女かも分からないほど、魔導式ボディが剥き出しになっている。
「男爵はアクマを襲っていた…」
『いや、アクマだけを襲っていた、かな?』
「こりゃ吸血鬼退治じゃないさ。クロウリーって奴は」
立ち上がりながら言ったラビの背後に、大きな人影。
アレンより先に気づいたライが目を見開いて叫んだ。
『ラビ!!!』
「!」
振り返るのとほぼ同時に、ラビは突然現れたクロウリーによってものすごい力で石レンガの壁へと叩きつけられた。
「……お前らか。私を怒らせたな」
「…っ、男爵」
「死ね、エクソシスト」
『てめぇ…』
低い声で唸るライが水牙の発動を解く。
瞬間、仄かに蒼白く光る銃がライの手に握られていた。
銃口は真っ直ぐにクロウリーの頭へと向かっている。
「ライ待って、彼は…」
『オレらの仲間かもしれない?んなの知らねぇよ。やられたんだから、やりかえす!』
声と共に容赦なく引かれたトリガー。
しかし弾は当たることなく全て避けられてしまった。
『チッ…』
小さく舌打ちをするライへ、今度はクロウリーが突っ込んで来る。
「ライ!」
『っ、相変わらず速ぇな…!』
ライが水牙を銃から双剣に変えて構えた瞬間、クロウリーの歯と片方の剣がぶつかった。
『くっ…』
すごい勢いで押されながらも、もう片方の剣で横から切り上げる。
クロウリーはそれを避けようと後ろへ飛んだ。
『氷牙!』
「!」
反動を使いながらライが剣を振るうと、いくつもの氷の牙がクロウリーへと襲いかかった。
流石に全ては避けきれなかったようだ。
頬から血を流すクロウリーは、ニヤリと笑った。
「やるではないか、小娘……だが、小僧、お前はどうだ!?」
『な、っアレン!』
クロウリーがアレンへと突っ込んでいく。
それを銃化させた左手で受け止めたアレンだったが、すぐに繰り出されたクロウリーの拳によって頬を殴られ勢いよく飛ばされてしまった。
「ぐっ…」
なんとか着地をしたものの、そこへすぐにクロウリーの拳が繰り出される。
『アレン!?』
「っ…大丈夫!(ライの言う通り、なんてスピードだ!)クロウリーさん!僕らは今、あなたを退治するつもりはありません!!話を…っ」
アレンはクロウリーの攻撃を避けながらもなんとか話をしようと声をなげかけるが、クロウリーの勢いは止まることは無い。
「グダグダ言うな。仲間の死を見てビビったか?」
「!!」
『アホ!あいつがそんな簡単に死ぬか…』
ライの声に被るように、ズバッ、と皮膚の裂ける音。
「!」
『アレン…!何やって…!?』
左手の発動を解き、肩から血を流すアレン。
流石のクロウリーも驚きから動きを止めた。
「話を聞いてください!」
「?」
「あの庭にあった村人の屍は全部アクマです。あなたはそれを知ってたんですか?」
真剣な顔のアレンに、ライは口をつぐんでじっと様子を見守っている。
「アレイスター・クロウリー、あなたは本当に吸血鬼なんですか?」
アレンの言葉に目を見開いたクロウリーは少しの沈黙の後、小さく口を開いた。
「吸血鬼か、だと…?」
一瞬、クロウリーの姿が揺れた。
と思うと、瞬間、アレンの頭部を片手で掴みその首元へ牙を向けるクロウリーの姿。
『アレン…!』
ポタ、と滴る血。
首筋を抑えるアレンの左手の指の隙間から、たらりと血が滴る。
「クックック…」
笑うクロウリーの口には、縛っていたアレンの髪の束が咥えられていた。
「アクマなど知らん。私はただ、この快感を楽しめれば良いのだ。人生楽しく生きたいだろう!!何者にも縛られず自由に本能のままに!!誰かに生き方を決められるのなど、まっぴらごめんだ。だから、殺す。お前等もな」
『…!』
怪しく笑ったクロウリーが今までよりも速く、目にも止まらないスピードで走り出す。
ライの視界からクロウリーが消え、慌てて視線を動かした先で、アレンの体が城壁まで吹っ飛んでいった。
『アレン!!!』
「フン、終いか、…!」
つまらなそうに城壁に開いた大きな穴を見つめていたクロウリーだったが、何かに気づいたのかその場から飛び退いた。
先程までクロウリーがいた場所に深く突き刺さる、青白く光る刀。
『……なあ、知ってっか?オレがこん中で一番先輩なんだよなあ』
ゆらりと立ち上がったライが、刀の鋒をクロウリーへと向けた。
『“終い”…?それはオレの相手をしてから言えよ。……いや、オレ達、みたいだな』
「!!」
ライの言葉と共に、クロウリーを挟んでライの反対側で大きな音を立てたのは、巨大化したラビの槌。
その上には頭から血を流すラビの姿があった。
「ぺぺっ、ナメンなよこんにゃろ」
ずり落ちたバンダナを持ち上げながら顔を上げたラビ。
怒りマークを浮かべながらも、ニコォ、と笑顔をクロウリーへと向けた。
「ちょーっとキレたさ。ブチのめしてからゆっくり話し合おうと思います!」
『賛成』
「面白い」
ライの瞳がスっと細められた。
『いくぞ、ラビ』
「おーけー」
それに応えるように、ラビの口元が弧を描いた。