「ウソだろ…」
『ま、マジ…?』
重なるラビとライの声。
その声に応えるかのように、クロウリーはじゅるるると音を立ててフランツの血を吸い取っていく。
そして、ゴクン、とその喉が鳴った。
「うわ…わあああ…ッ」
一人の村人が情けない声をあげ後退りをすると、その声に続くように村人達はそれぞれ叫び声を上げながら来た道を必死に逃げていった。
響く叫び声の中、ラビは巨大化させた槌を、アレンは左手を銃器型に変え、そしてライは水牙を刀へと変え、クロウリーに向けて構えた。
クロウリーがフランツを咥えたままこちらへ突っ込んで来る。
「どうします?」
「どうってなぁ…噛まれたらリナリーに絶交されるぜ」
『え!?何それオレ聞いてないんだけど!?』
「ダイジョブ、噛まれなきゃいいんさぁ」
クロウリーから目を離さずに、へら、と笑うラビへ、同じくクロウリーから目を離さずにいるライが、はあ!?と納得のいかない声を上げた。
「とりあえずカレにとっては大事な食事でも、村人を殺させるわけにはいかない!」
イノセンスを地面へ突き立てたアレンは、そのまま地面を大きく撃ち抜いた。
「!!」
大きな音を立ててクロウリーと三人の間の地面がめくれ上がり、一旦身を止めたクロウリーは後ろに飛んでそれを回避した。
「満」
そこに聞こえるラビの声。
「満 満 満 満 満」
声とともに巨大化するラビの槌はクロウリーの頭上を覆った。
そのままドゴンと音を立てて、槌はクロウリーを押しつぶすように地面に土埃を巻き起こした。
「どうだ!?」
土埃が晴れるとそこには、大きなクレーター。
その中心ではフランツを小脇に抱え、吸血鬼の象徴でもある立派な歯でラビの槌を受け止めるクロウリーの姿があった。
「うそぉ?すげェ歯だなオイ!」
驚くラビを他所に、クロウリーはそのまま首を大きく仰け反らせる。
槌の上に乗っていたラビは、近くにあった彫刻へ槌ごと叩きつけられた。
「ぐわっ!」
『ラビ!くそ…っ』
ライが走り出しクロウリーへと切りかかる。
クロウリーは振り下ろされたそれを軽々と交わすと、裏手でライへ殴りかかった。
ライは屈んで避け、下から刀を突き上げた。
ガキンッ
『…!』
またしてもそれを受け止めたのは、彼の歯だった。
『マジかよ…っ、すごいなその歯…!』
驚くライにクロウリーがニヤリと笑って何かを仕掛けようとしたその時、突然クロウリーの足元から地面を割って現れた、アレンの左手。
ばっとライが刀を引きながら後方へ飛ぶ。
左手はクロウリーの体を握りしめるようにして掴むと、その体を宙へ浮かせた。
「捕まえた」
『ナイスアレン!』
未だ警戒態勢でクロウリーへ刃を向けつつライがにっと笑った。
「おとなしくしてください」
アレンが鋭く尖った親指の先をクロウリーの喉元へとあてがった。
「ぐふっ」
『?』
「ぎゃはははははは!!!あーはははははは!!!」
突然笑い出すクロウリー。
アレンとライは警戒を解かずじっとそれを見つめる。
ライの視界の端で、瓦礫からラビが起き上がるのが見えた。
「奇怪な童共だ、私にムダな時間を使わせるとはなあ。お前らも化物か!ああ?」
『(…も?)』
「エクソシストです」
「こんばんは。私は忙しいんだ……放せや」
言葉と共にクロウリーの表情が歪んだかと思うと、彼は迷うことなくアレンのイノセンス化した左手へと噛み付いた。
「い゙っ!?」
『あ!?』
対アクマ武器であるアレンの左手へ、ミシミシと音を立ててクロウリーの歯が埋まっていく。
「じゅるるるるる」
「わーーーっ!アレン!!」
『……対アクマ武器を、なんで…』
遠くからラビの悲鳴のような叫び声が聞こえる。
…と、
「う」
ピクッと動きを止めたクロウリーは、だんだんと顔を顰めていく。
「げぇぇええぇ!苦い!!おぅえぇええ!!」
バッとアレンの手から解かれたクロウリーは、洗面器〜〜〜と叫びながら城のある森の方へと走って行ってしまった。
遠くなっていくクロウリーの嗚咽。
発動を解いたアレンの左手の人差し指は、じんじんと腫れ上がっていた。
『あーらら…絶交だな、アレン…』
静寂の中、ライの呟きが宙に消えた。
* * *
バタン!とドアが乱暴な音を立てる。
そして部屋の中からは嗚咽声。
そのドアを誰かがノックした。
ドアが開く音と、重いヒールの音。
「ハア…ハァ……ハア……」
「お帰りなさいませ、アレイスター様」
クロウリーに声をかけたのは、
「どうされたのです、そんなに慌てて?」
ナースのような衣装に身を包んだ綺麗な女性だった。
「エ、エリ…エリアーデ…」
そして、床にはフランツの死体が転がっていた。
「あらま」
「わ、わわた、私は…また…きゅきゅきゅ…吸血鬼になってしまったである…」
エリアーデを見上げたクロウリーの顔はとても人間らしく、その目からは涙が溢れていた。
「も…もしもし…?…もしもぉ〜し?いいいっ、生きておりませんか…?」
少しして落ち着いたのか、相変わらず涙は流したままだが、クロウリーはフランツの死体をゆさゆさを揺さぶりながら声をかける。
「もしもし…」
「死んでますわ、アレイスター様」
「…っ」
「死体はまた、あそこに埋葬しておきましょう」
「わわ…わたっ、私は…っ、ななな…なんという化物に…っ」
思い出すのは、つい先程の光景。
「に、庭に討伐隊が来ていた…わわ、私は…村人達に完全に嫌われてしまったである…」
「あン」
片手で顔を覆ったクロウリーへ、エリアーデがギュッと抱きついた。
「仕方ございません、アレイスター様。だってあなたは…」
エリアーデの肩へと尖った牙を向けるクロウリーは、まさに、
「吸血鬼なんだもの」
しかしクロウリーは白い肩へと牙を付けることなく、天井付近へ飛び上がってエリアーデから距離を取った。
「わわっ、私に…ち、近づいてはダメだ。エ、エリアーデ…わ、私は…っ、あなたを…あ、あ…ああ……ああっ、愛…っ!!あい…っ」
真っ赤になったクロウリーへ、エリアーデが静かに言った。
「愛してますわ、アレイスター様」
「!!!」
見事に足を滑らせたクロウリーは、情けない音と声と共に床へ落下した。
そんなクロウリーにエリアーデが近づき、そっと頬へと手を添える。
「ずっとふたりでこの城で暮らしましょう、アレイスター様」
そしてそのまま、二人の影が重なった。
「…そとの奴らのことなんて……もうどうでもいいじゃないですか」