モノクロ | ナノ


大雨の中、勢いよく走る馬車の音。
黒く大きい重厚な車体のドアには、十字架が描かれている。


「それじゃあ、任務について話すよ」


片側にはコムイ、リナリー、ブックマン。


「いいかい、ふたりとも?」


もう片側には、ライ、そして、


「「はい…」」
『はは…』


ふかふかなソファの上で正座をさせられている、アレンとラビ。
二人はラビのイノセンスによって病院の方へ飛んでいったはいいものの、ブレーキミスで見事ブックマンへ勢いそのまま突っ込んだらしい。
痺れる足に、死にそうな顔をしながらお咎めを受けていた。


「先日、元帥のひとりが殺されました」


冷静な目をしたコムイの言葉に、ピンと車内の空気が張り詰めた。
知らず知らずとライの手に力が入る。


「殺されたのは、ケビン・イエーガー元帥。五人の元帥の中で最も高齢ながら、常に第一線で戦っておられた人だった」
「あのイエーガー元帥が…!?」
『…………』


驚くリナリーと、目を伏せ俯くライ。


「ベルギーで発見された彼は協会の十字架に裏向きに吊るされ、背中に「神狩り」と彫られていた」
「神狩り…!?」
「イノセンスの事だな、コムイ!?」
『そうか、元帥はイノセンスをいくつも持ってるから…』


ラビとライに、コムイは小さく頷いた。


「そうだよ。元帥は適合者探しを含めてそれぞれに複数のイノセンスを持っている。イエーガー元帥は八個、所持していた。奪われたイノセンスは、元帥の対アクマ武器を含めて九個」
「九…っ」
『そんなに…』
「瀕死の重傷を負い十字架に吊るされてもなおかろうじて生きていた元帥は、息を引きとるまでずっと歌を歌っていた」


せんねんこうは…
         さがしてるぅ
 だいじなハート
          さがしてる…
  わたしはハズレ…

つぎはダレ…


「センネンコー?」
『伯爵の愛称だと思う。…ロードがそう呼んでた』


頭にハテナを浮かべたラビに、ライが下を向いたままぽつりと言った。


「あの…」


と、アレンがゆっくりと口を開いた。


「「大事なハート」って…?」


コムイがすっと目を閉じる。


「我々が探し求めている109個のイノセンスの中にひとつ、「心臓」とも呼ぶべき核のイノセンスがあるんだよ」


それはすべてのイノセンスの力の根源であり、すべてのイノセンスを無に帰す存在。
それを手に入れて、初めて我々は終焉を止める力を得ることができる。


「伯爵が狙っているのはそれだ!」
「そのイノセンスはどこに?」


真面目な顔のコムイにアレンが聞き、ライもちらりとコムイに集中した。


「わかんない」


しかしコムイから返ってきたのは、今までの空気を壊すような、なんとも気の抜けた返事。
思わずライも顔を上げてコムイを正面に見た。


「へ?」
「実はぶっちゃけるとサ、それがどんなイノセンスで何を目印にそれだと判別するのかキューブに記いてないんだよ〜」
『なるほどな。もしかしたらもうヘブラスカんとこにあるかもしれないし、……誰かのイノセンスになってるかもしれない』


ライの言葉に続くようにぐちぐちと不満を漏らすコムイ。


「…ただ最初の犠牲者となったの元帥だった。もしかしたら伯爵は、イノセンスの適合者の中で特に力の存る者に「ハート」の可能性をみたのかもしれない。アクマに次ぎ、ノアの一族が出現したのもおそらくそのための戦力増量」


コムイは一呼吸おいてまた話し出した。


「エクソシスト元帥が彼らの標的となった。伝言はそういう意味だろう。おそらく、各地の仲間達にも同様の伝言が送られてるハズ」
「確かに、そんなスゲェイノセンスに適合者がいたら、元帥くらい強いかもな」


どことなく楽しそうに口端をあげながらラビが言った。


「だが、ノアの一族とアクマ、両方に攻められてはさすがに元帥だけでは不利だ。各地のエクソシストを集結させ、四つに分ける。元帥の護衛が今回の任務だよ」


はっと、ライが顔を上げてコムイを見た。
目元が何処と無く引きつっているように見える。


『ま、まさか…』


そんなライにコムイはふふ、と苦笑した。


「そう。君たちはクロス元帥の元へ!」



* * *



「ゲへへへへへ!!無理だ無理だ!元帥共は助からねェ!!ノアとアクマが大軍で奴らを追いかけてるんだぜ」


地面に転がり、至る所から魔導ボディが覗いている、もう壊れかけのアクマ。
そしてそれを一本の刀片手に静かに見下ろしているのは、神田。


「お前らがこうしてアクマを壊してる内にも…」
「うるせェ」


神田は眉間に皺を寄せ、アクマの言葉を遮るようにその頭部に六幻を突き刺した。


「行くぞ、神田」


六幻を鞘に戻す神田に声をかけたのは、大柄な男、マリ。
そしてその横に立つのは、小柄な男、デイシャ。


「まったく、ジャマじゃん。次から次へと襲ってきやがって、ちっとも進めやしない」
「オレ達を足止めしてェんだろ」
「元帥に辿り着くだけでも一苦労だな」


連れ立って歩き出す三人。
そしてすぐ聞こえた、神田の舌打ち。


「なんだ?イライラしてるのか、神田」
「してねェよ!」


気づいたマリに声をかけられるが、神田はそれに噛み付くように答えた。


「しっかしいつになったら辿り着くのかねェ。オレ達の捜すティエドール元帥はもう、この街にゃいねェみたいじゃん。まったく足が早いっつーか、鉄砲玉っつーか」
「どうせ、どこかで絵でも描いているんだろう」
「まったくオレらも変な師を持っちまったなあ、神田」
「俺はあのオヤジが大っ嫌いだ」


二人の和んだ空気の中、神田は先程より深くした眉間の皺と鋭くなった目付きでぼそりと呟いた。
一瞬止まった、マリとデイシャ。


「「(だから機嫌悪いんだぁ)」」


黙って歩き出す神田に、デイシャがぽつりと言った。


「ま…クロス元帥よりはマシじゃん…」
「…クロス元帥と言えば、ライは確かあそこの部隊だったな」


マリの言葉に、僅かだがぴくりと反応した神田。
しかしそれは一瞬で、またすぐに仏頂面で黙々と歩いていく。


「(なるほど、暫くライがいないというのも多少は…)」
「(暫くはライの話はタブーじゃん…)」


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