「「!!?」」
「……あーぁ、戻ってきちゃったかぁ…残念〜」
言葉とは裏腹に、少し楽しそうなロードの声。
「でもびっくりぃ。自分のイノセンスで自分を刺すなんてぇ」
『っ、…結構な、こと、してくれたな…っ…ロード…』
ヒューヒューと息を漏らしながら辛そうに喋るライの腹部には水牙が深く突き刺さり、ボタボタと血が滴り落ちる。
ライがそれを引き抜くとすぐに床に赤い水たまりが出来始め、ドレスから覗く白いフリルがどんどん真っ赤に染まっていった。
「ライ、なの…?」
泣きそうな顔で言うリナリーに、ライは汗の滲む顔でにこりと微笑んで見せた。
『ごめんな、リナリ……ありがと』
「ライ…っ!!」
すぐにライへと駆け寄ったリナリーは、包み込むようにライの肩へ両手を置いた。
「リナリー!ライを連れてミランダさんの所へ!」
「ええ。ライ、少しだけ我慢して」
『へ、ミランダ…?っう…!?』
敵からこちらを守るように立つアレンから自分を抱えるリナリーへと視線を移せば、途端にものすごいスピードで体が引っ張られた。
どくどくと痛む腹部に顔をしかめていると、すぐに周りの空気がほんのりと暖かいものへ変わったのに気づいた。
「ライちゃん…!酷い怪我…!」
『み、ミランダ、さん…?ここは…』
「ここはミランダのイノセンスの中よ。ライ、少しじっとしていて」
『……?…な、…!』
すぐにライの体、主に腹部から時計の模様が吸い上げられていく。
『傷が…』
あっという間にライの体は無傷の状態へと戻っていた。
ライは先程自分で刺した、深い傷があるはずの腹部を唖然とした表情で撫でた。
「私もアレンくんも、ミランダのイノセンスに助けられたの。ここにいれば、傷はすぐに治るわ」
『ミランダさんのイノセンス……やっぱり適合者だったんだな、ミランダさん』
ライは、すぅ、と一息吸い込むと、よし!と立ち上がった。
驚くミランダとリナリーに、ライは真面目な顔を向けた。
『三人に迷惑かけちゃったし。やられっぱなしは性にあわないんで、やり返してくる』
「…そうね、私も行くわ」
『オレが自分に気づけたのはリナリーのおかげだ。ありがとう、リナリー。それからミランダさんも。助かった、ありがとう!』
「…!」
二回目の「ありがとう」。
にっこりと微笑むライに、ミランダの目には涙が浮かんだ。
『……ところでリナリー、そのカッコ何?オレもなんでこんなカッコ??リナリー可愛いし、お揃いだしで嬉しいけど…なんで?』
「「さ、さぁ…」」
『…よくわかんないけど、……行くか!アレンが待ってる』
「ええ!」
ライは刀へと変えた水牙を強く握って、リナリーと共にミランダのイノセンスから飛び出した。
「あ、ライおかえりぃ〜。元気になったみたいだねぇ?」
二人がアレンの横へ立つと、ロードがにこりとライへ笑顔を向けた。
『…その可愛さには、惑わされないぞ…!!』
「な、何言ってるんですか、ライ…」
と、ライはロードの顔の横辺りに反転した白い文字が浮かんでいるのに気づいた。
『あ、れん…アレン?』
上手く読み取れば、正解、というようにロードがにぃと笑う。
「アレン・ウォーカー「アクマの魂が見える奴」」
「!」
「実は僕、お前のこと千年公から聞いてちょっと知ってるんだぁ。あんた、アクマの魂救うためにエクソシストやってんでしょぉ?…大好きな親に呪われちゃったから」
ライがちらりと横を見ると、アレンは口をまっすぐ横に結びロードを睨みつけている。
アレンの視線を辿るようにロードへと視線を戻せば、ロードはふわりと少女らしい微笑みを向けた。
「だから僕、ちょっかい出すならお前って決めてたんだぁ」
そのままロードは、近くにいたアイスファイヤーのアクマへ声をかけた。
「おいオマエ」
「ハイ」
両手を頭の後ろで組み、視線を投げることなく静かに言葉を紡いだ。
「自爆しろ」
「エ?」
「!?」
驚いたのはアクマだけではなく、アレンやライも目を見開いてロードを見た。
ロードはちろりと舌を出すと、レロの頭をこつりとつつく。
「傘ぁ、十秒前カウントォ」
「じゅ、十レロ、」
ロードには逆らえないのか、レロは戸惑いながらもカウントを始めていく。
「ちょっ?ロ…ロード様そんなぁ…やっとここまで進化したのに…」
八、七、六と下がっていく数字の中で焦るアクマの声に耳を傾けず、ロードは平然とレロに腰を下ろした。
「…っ!ロード様?」
『な、なんだ…?』
「おい!?一体、何を…」
「イノセンスに破壊されずに壊れるアクマってさぁ…」
アレンの言葉を遮ってロードが話し出した。
「例えば自爆とか?そういう場合、アクマの魂ってダークマターごと消滅するって知ってたぁ?」
何かを察したアレンが目を見開く。
「そしたら救済できないねーーー!!」
レロのカウントが二を示した。
「やめろ!!」
『アレン!?』
「アレンくんダメ!!間に合わないわ!!」
ライは飛び出すアレンへ手を伸ばすが、掴むことは出来なかった。
「(爆発する前に、破壊を…!!)」
レロのカウントが一を示す。
ロードの表情がニタァと歪んだ。
「ウギャアアアアアアアア」
最後の雄叫びを上げたアクマの爆発寸前、近くだが間に合わない距離にいたアレンの肩上に伸ばされた手。
爆発と同時に、アレンはリナリーによって反対方向へと引っ張られた。
呆然と爆発を見つめるアレンの瞳に、自分に向かって片手を伸ばす魂が映る。
魂は、タスケテ、と言い残し、弾けて消えた。
「キャハハハハ!」
アレンの左目に、ズキ、と痛みが走る。
同時に、額から頬にかけて、まるで尖った爪で引っ掻いたかのような赤い縦線が数本入った。
「あ゙あっ…」
「!?アレンくん…!」
左目を抑えて呻くアレンに、思わずリナリーが声をかける。
が、
「くっそ……何で止めた!!」
その言葉にリナリーの顔がきつく歪み、そして、
バシッ
力強くアレンの頬を叩いた。
『!!りな、』
「仲間だからに決まってるでしょ…!!」
リナリーの目にはたくさんの涙が溜まっていた。
「スゴイスゴイ!」
そんな二人をロードは楽しそうにはしゃぎながら見下ろしている。
「爆発に飛び込もうとするなんて、アンタ予想以上の反応!」
「お前…」
「でもいいのかなぁ?あっちの女の方は」
「!!」
ロードが指差す方にはミランダがいる。
三人が爆発に気を取られているうちに、かまいたち攻撃のアクマがミランダの方へと向かっていたようだ。
「いかせるか」
『喰らえ!』
すぐに銃器型のイノセンスを発動させたアレンとライの攻撃がアクマへと向かう。
アクマは振り返りざまにいくつものかまいたちで二人の攻撃を叩き落とした。
その隙をついてアクマの横を素早く通り過ぎたリナリーは、アクマ背後へと回ると頭部をダークブーツで突き刺し、そのまま宙で回転し体ごと真っ二つに切り裂いた。
派手な音を立ててアクマが消滅したのを見届け、ライはロードへと向き直る。
いつの間にかロードはレロから降りていて、レロを片手で持ちつつ肩に乗せ、へらりとした笑みを浮かべていた。
「殺られちゃったか!今回はここまででいいやぁ。まぁ、思った以上に楽しかったよ」
言いながら歩き出すロードの先に、地面から盛り上がるようにしてファンシーなドアが現れた。
「じゃねェ」
『あ…』
アレンが何も言わずにライの横からサッと動き出す。
そして、こちらに背を向けるロードの頭にイノセンスを突きつけた。
アレンの頭に先程の助けを乞うアクマの魂が浮かぶ。
「優しいなぁ、アレンはぁ。僕のこと憎いんだね。…撃ちなよ。アレンのその手も兵器なんだからさぁ」
アレンの左目からはいつの間にか涙が溢れ、ゆるりと頬を伝っていた。
ぎり、と歯を食いしばる音が聞こえる。
「でも、アクマが消えてエクソシストが泣いちゃダメっしょー。そんなんじゃ、いつか孤立しちゃうよぉ」
躊躇して撃つ気配のないアレンに再度足を進め始めたロードは、扉を潜ると顔だけこちらを振り向いてにやりと笑った。
「また遊ぼぉ、アレン。……ライもねぇ?今度は、千年公のシナリオのなかでね」
言い終わると同時に、バタン、とドアが閉まった。
「くそ…」
アレンは顔を歪め、きつく拳を握った。