モノクロ | ナノ


カーン カーン カーン


何かを打ち付けるような音に、アレンの意識が浮上していく。


「ア…レンくん……アレンくん……」


か弱くアレンの名前を呼ぶのは、柱時計に両手の甲に刺さる杭でつなぎ止められたミランダ。
時計の側面に赤黒い血が滴った跡が生々しく残っている。


「ミランダ……痛っ!」


呆然とするアレンの意識をすぐに浮上させたのは、彼の左腕に走る痛みだった。
アレンの腕はイノセンスが発動したままだったが、それは無残にも壁にいくつもの杭で打ち付けられていた。
視線の先でカボチャのアクマがニタァと下衆な笑みを浮かべる。


「うん、やっぱ黒が似合うじゃ〜ん」


そんな空気を壊すかのような、のほほんとした少女の声。


「ロード様、こんな奴きれいにしてどうされるのですか?」
「お前らみたいな兵器にはわかんねェだろうねェ。エクソシストの人形なんてレアだろぉ」


その言葉に目を見開いたアレンが見つけたのは、


「起きたぁ〜?」
「リナリー!!!」


アレンの団服を着た先程の少女と、その向こうにいる、椅子に座らされたリナリーの姿だった。
リナリーはいつものツインテールを綺麗に巻かれ、シックだが豪奢な黒いドレスを身につけている。
しかし、その表情は虚ろでなんの反応も示さない。


「気安く呼ぶなよ、ロード様のお人形だぞ」
「リナリーって言うんだぁ。かわいい名前ェ」
「お前をかばいながら必死で戦ってたぜェ」
「……っ」


リナリーに抱きつくようにして頭を撫でるロードと、アレンへ追い打ちをかけるように言うカボチャのアクマ。
と、アレンが何かに気づいたように言った。


「キミは、さっきチケットを買いに来た…!?キミが「ロード」…?どうしてアクマと一緒にいる……?」


アクマの中に眠る魂が見えるアレンの左目は、彼女を捉えても何も映さない。


「アクマじゃない…………キミは何なんだ?」
「僕は人間だよぉ。何、その顔?人間がアクマと仲良しじゃいけないぃ?」
「アクマは…人間を殺すために伯爵が造った兵器だ…人間を狙ってるんだよ……?」
「兵器は、人間が人間を殺すためにあるものでしょ?」


わけが分かっていないような様子のアレンに、笑みを浮かべたロードの言葉。
その言葉と共にロードの肌がだんだんと浅黒く染まっていく。


「千年公は僕の兄弟。僕達は選ばれた人間なの」


ロードの額に、いくつもの十字架が浮かび上がってくる。


「何も知らないんだね、エクソシストぉ。お前らは偽りの神に選ばれた人間なんだよ」


完全に見た目が変わったロードは、挑戦的で自信げな視線をアレンへと向けた。


「僕達こそ神に選ばれた本当の使徒なのさ。僕達、ノアの一族がね」
「ノアの…一族…?人間…!?」


呆然とするアレンを他所に、突然、ロードの後ろからスッと人影が現れた。
フリルがたくさんあしらわれた、ゴシック調の深く蒼いミニドレス。
ふわりとした白いフリルからスラリと伸びた足先は黒銀の装飾がされた藍色のブーツを纏い、頭にはドレスに合わせた小さなベール帽を乗せている。
レースのついた真っ白なグローブの手首辺りできらりと光るのは、見覚えのある蒼いブレスレット。
アレンの目が見開かれた。


「…ライ……!?」


しかし帽子から下がるベールの向こうのライの表情は、無に等しく虚ろだった。
何も映さない瞳の下は、左側にだけ不思議な模様が描かれていた。


「っ、ライに何を…!」
「フフ、可愛いでしょぉ〜?リナリーは動かないお人形ぉ。ライは、動くお人「シーーーーー!!!」?」


ロードの言葉を遮って突然叫んだのは、ロードが手に持っていた傘だった。
傘は自在に動き、先端についたカボチャは表情を変え言葉を発する。


「ろーとタマ、シーーー!!知らない人にウチのことしゃべっちゃダメレロ!!」
「えー、何でぇ?」
「ダメレロ!大体、今回こいつらとろーとタマの接触は伯爵タマのシナリオには無いんレロロ!?」


その特徴的な傘は、慌てた様子でロードへまくし立てた。


「レロを勝手に持ち出した上に、これ以上勝手なことすると伯爵タマにペンペンされるレロ!」
「千年公は僕にそんなことしないもん」


ぎゃあぎゃあと騒ぐレロにあっけらかんと言うロード。
ロードはリナリーの座る椅子に背を預けるようにして体重をかけた。


「物語を面白くするためのちょっとした脚色だよぉ。こんなんくらいで千年公のシナリオは変わらないってぇ」


ド ン !


突然、アレンが力任せに左腕を壁から引き剥がした。
杭の打たれていた箇所は傷が広がり、痛々しくシュゥゥゥと音を立てている。
壁に空いた穴の向こうに不思議な空間が広がっていることに、アレンは気づかない。


「何で怒ってんのぉ?」


ロードがアレンの前へ、両手を前について座った。


「僕が人間なのが信じらんない?」


ロードはアレンの頬へと手を伸ばし、そのまま通り越してぎゅっと抱きついた。
アレンの体にロードの鼓動が伝わる。


「あったかいでしょぉ?人間と人間が触れ合う感触でしょぉ?」
「……っ」


アレンのイノセンスである左腕が、ロードの頭上へ迫る。
が、アレンは人間であるロードへの攻撃を躊躇い、苦しい表情を浮かべた。


「同じ人間なのに、どうして…」


アレンがどこへもいかない思いをぐっと左手に込めた。
と、ロードがにた、と口元を歪ませた。


「「同じ」?それはちょっと違うなぁ」


あろうことかロードは片手でアレンの左手を掴むと、その爪を自らの顔に突き立てた。
物凄い音を立てて、ロードは頭から反動で飛ばされる。


「な…っ!?自分から…!」


その顔は酷く焼けただれているが、それを全く気にせずにロードは右手でアレンの襟を掴み自身を引き寄せた。


「僕らはさぁ、人類最古の使徒、ノアの遺伝子を受け継ぐ「超人」なんだよねェ。お前らヘボとは違うんだよぉ」


言い終わるか終わらないかのうちに、ロードは杭でアレンの左目を突き刺した。
部屋中にアレンの悲鳴が響き渡るが、ライはぼうっとそれを見つめたまま動くことも喋ることも無い。


「プッ、アハハ!キャハハハハ!」
「…っ!!」


嘲笑うかのようにロードの笑い声が響くが、その表情は純粋無垢な少女そのものだった。


「ひいぃ…っ」


ミランダはそんなアレンから顔を背け、時計に額を押し付けてガタガタと震えている。


「僕はヘボい人間を殺すことなんて何とも思わない。ヘボヘボだらけのこの世界なんてだーい嫌い。お前なんてみんな死んじまえばいいんだ」


ああ、でも、とロードはちらりと視線だけで後ろを振り返った。
そこにはこちらを見つめて微動だにしないライの姿がある。


「ライは大好きだから死んじゃヤだなぁ」
「っ、」
「神だってこの世界の終焉を望んでる。だから千年公と僕らにアクマを与えてくれたんだしぃ」


ロードはアレンへ向き直るとそう言って笑った。
アレンの目が険しくなる。


「そんなの神じゃない…本当の悪魔だ!!」
「どっちでもいいよぉ、んなモン」


左手を変形させたアレンは、ロードへ攻撃をしかけようと踏み出す、が。


『…………』
「!?」
「僕は倒せないよぉ?」


ライが無表情のままふわりとロードの前へ躍り出たかと思うと、刀へ変えた水牙からいくつもの水の斬撃をアレンへ浴びせた。
思わぬ行動にアレンは避けられず、ライの攻撃をモロにくらってしまう。
飛ばされたアレンは元いた壁へと叩きつけられ、力なく横たわった。


「ライちゃん…!?アレンくん!」


ミランダの叫び声虚しく、ライはただ虚ろな目でアレンをじっと見つめている。


「その体でライの攻撃はキツイかぁ」


ロードは、いい子ぉ、と言いながらライの腰へと抱きついたが、それでもライはぴくりともしなかった。
そのままの体制で、ロードがちらりとミランダへ視線を投げる。


「…!い…いや、助けて、」


涙を流しながら震えるミランダに、ロードはにやりと口角を釣り上げた。


「お前もそろそろ、解放、してやるよぉ」


スッと片手を上げたロードの周りに根元が尖った蝋燭がいくつも浮かび上がり、それは真っ直ぐにミランダへと飛んでいった。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -