ここは、どこだろうか。
真っ暗な空間に、ライは一人佇んでいた。
『なんだ、ここ…何も見えねぇ』
きょろきょろと視線を動かしても、どこまでも果てしない闇。
今自分が目を開けているのかさえわからなくなるような奇妙な感覚。
「ライ」
突然聞こえた、聞き覚えのあるどこか懐かしい、自分を呼ぶ優しく力強い声。
「…ライ」
続いて聞こえた、聞き覚えのあるどこか懐かしい、自分を呼ぶ優しく温かい声。
『な、んで……』
振り返ると、先程まで闇しかなかった場所に二人の男女が並んで立っていた。
『っ、父さん…母さん…』
父親は優しく微笑み、母親はふわりと両手を広げる。
「ライ、ただいま」
「ほら、おいで、ライ」
混乱しながらも涙の滲む目で瞬きをすれば、頬をこぼれ落ちていく感触。
ふら、とライの足が二人へと向かった。
『会い、たかった……父さん、母さん…、話したかった、ずっと…!』
もう少しでライの手が母親のそれに触れようとした時。
ド ッ
『……え………?』
両親の体が小さく揺れたかと思うと、二人の胸からは刃物の先が飛び出していた。
じわりと染まっていく赤。
同時に、刃物で刺された場所以外からもじわじわと赤が広がっていた。
「ライ……ライ…」
「……ライ…、」
『と、さん……?かあさん…っ?』
先程の温かい笑顔を失った二人は、力なくライの名を呼びながらふらりとよろけた。
口からも赤い液体を滴らせながらドシャッとその場に崩れ落ちた二人は、所々原型を保っていない箇所も出来ていた。
『…な、』
変わり果てた二人が倒れた向こう側。
見下すような冷たい顔で立っているのは、まだライが教団に来たばかりの頃にいた教団の関係者達。
先頭にいた男の顔を見た瞬間、ライの記憶が扉を開けた。
『…お前、は』
「ライ・トキハ……トキハの娘か」
『……え…?』
その男は、ライと初めて会った時のような口ぶりだった。
「お前の両親は事故で死んだ」
全く心の篭っていない声で淡々と告げる男の言葉は、ライが教団へ初めて連れてこられた時と全く同じものだった。
「お前はどうやら適合者らしいな。探索部隊でしかいられなかった親の代わり以上だ。まあ、探索部隊にしちゃあいい土産だな」
忘れていた、やっと、忘れられていた記憶だった。
『あ、あぁぁ……』
ライは両手で頭を抱えながらがくりと膝を着いた。
その眼下には無残な両親の死体。
「せいぜい、親よりは使えるようになれよ」
『…や、めろ……』
両親は、ただの事故死なんかじゃない。
アイツが、教団が、お前達が、殺した。
本部の人間が見ていたティムキャンピーの映像記録を、たまたま見てしまった。
白い服を赤く染め倒れる母親を、父親が頭から血を流しながら庇っている。
父親が対峙する相手は、背後に巨大なボール型の兵器のようなものを従えた、両親と同じ白い服を着た男だった。
父親がふらりとよろけた隙を見て、男は持っている鎌で父親を容赦なく叩き切って…
幼いライにも分かった。
両親は、仲間だと思っていた者に裏切られ、殺されたのだと。
『アイツが…!っお前達が、殺した!!父さんと母さんを!!!』
ライは父親の背中に突き刺さっていた鎌を引き抜いた。
『ぁぁあああああ!!!』
そして先程冷たい言葉を投げた男へ一瞬にして詰め寄り、振り上げた。
ドシュ
顔面が無残に割れた男が力なく倒れ、ピクピクと小さく痙攣した後、動かなくなった。
『はぁっ……はっ、はぁ、っ……はは、っ…はははは…』
虚ろな瞳の、ライの口端が吊り上がる。
当時、幼い体では出来なかったこと。
エクソシストとなって鍛えた今なら、出来る。
『お前らに…復讐、してやるよ……』