モノクロ | ナノ


3日後。
34回目の、10月9日。


「はーーーい!いらっしゃい、いらっしゃーい!」


その日は、街のとある一角がわいわいと賑わっていた。


「ピーテル劇場のホラー演劇「カボチャと魔女」は本日公演〜〜〜」
「チケットいかがですか〜〜〜」


頭をすっぽりとカボチャの被り物で覆い、二つ重ねた玉の上で器用にバランスを取りながらボールやナイフをジャグリングするアレン。
その横では魔女に扮するミランダがチラシを配っている。
二人とも、それぞれにピッタリな仮装だ。
実際、アレンの周りには沢山の子供達が集まり、ミランダは沢山の大人達へどんどんチラシを配っていた。


「ごくろーさんごくろーさん!休憩していいよ!」


裕福そうな衣装に身を包んだ恰幅のいい劇場のオーナーが、豪快に笑いながらアレンの肩を叩き大きな声で話している。


『ん、アレン達、休憩に入ったみたいだ』
「ほんと?…アレンくん」
「!」


その様子を街角の影から見守っていたライとリナリーは、アレン達が休憩に入ったのを見計らって声をかけた。
……散々考えた結果、三人はミランダの強い絶望感にイノセンスが反応したのだと仮説を立てた。
再就職してミランダの気持ちが前向きになれば、もしかしたら奇怪が止まるかもしれない…と。


「どう?この仕事は」
「うまくいったら正社員にしてくれるそうですよ」
『ホントか!そりゃよかったじゃん!』


三人は小道具が置かれた劇場の裏に腰を下ろし、アレンから現状を聞いていた。
アレンは未だにカボチャを被ったままだ。


「アクマもあれから音沙汰ないし…今のうちに決めたいですね」
「うん、そうね。この3日間ですでに5件クビになってるし…」
『…………』


ずーんとした空気を振り払うように、ライが口を開いた。


『にしてもアレン、大道芸上手いな。しかもそんな視界が狭そうなモン付けてんのに』


その言葉にアレンはくるりと近くにあった玉の上に開脚逆立ちをして見せた。


「僕、小さい頃ピエロやってたんですよ」
『え、そんなことしてたの?』
「はい。育て親が旅芸人だったんで、食べるために色んな芸を叩き込まれました。エクソシストになってそれが活かせるとは思ってませんでしたけど」


顔は見えないが、どこか懐かしさを含む優しい声で話すアレン。
それからアレンは器用に玉の上で向きを変え、椅子の上にしゃがむような体制になった。


「じゃあ、色んな国で生活してたんだ。いいなぁ」
「聞こえはいいけどジリ貧生活でしたよ〜」


尊敬と憧れの眼差しを送るリナリーに、アレンは苦笑混じりの声を返した。


「リナリーとライは、いつ教団に入ったんですか?」


今度は、アレンからの質問だった。
単純に純粋な質問なのだろうが、ライの視線を落とすには十分すぎる質問だった。
口を開けないライを察してか、隣ですぐ、リナリーが口を開いた。


「私は物心がついた頃にはもう教団にいたの」


リナリーの話の横で、ライは昔の自分を思い出していた。
大きな家の中、ピアノを弾きながら歌う幼い自分。
両親がよく褒めてくれた、あの歌。
今度二人が帰ってきた時にまた二人の前で歌おう、そう思って一生懸命練習した。
しかしライの元へ届いたのは、一つのブレスレットと、不幸の知らせ。


「……!…ライ!」
『…!』


リナリーが自分を呼ぶ声に、はっと我に返った。


「大丈夫ですか?」
「ライ、大丈夫…?」
『…あ、いや…』


心配そうに見つめる二人にへらりと笑いながら大丈夫だと伝えるが、二人、主にリナリーがまだ何か言いたげにじっとライを見つめている。


『大丈夫だよ、リナリー』


安心させるようににこりと笑えば、まだ納得はしていない様子だが特に何かを言ってくることはなかった。


「あっ!ねーーーそこのカボチャァーーー」


突然聞こえた少女の声に、三人はぱっと声の方を振り返った。


『(助かった、かもな…)』


漂う空気を破ってくれたことへの若干の感謝を持ちながら振り返った先にいたのは、フリルのついた可愛らしい洋服に身を包み、片手にキャンディ、片手に傘を握ったツンツン髪の少女。


『(ちょ、めっさ可愛い子やんけ…!!)』
「「カボチャと魔女」のチケット、どこで買えばいーのぉー?」
「いらっしゃいませー!チケットはこちらでーす!」
「んーーー」


すぐに接客モードへと変わったアレンが、イキイキと少女を案内していく。


「じゃ、リナリー、ライ、後半頑張ってきます!」
「頑張って」
『イキイキしてんなぁアレン』


ライとリナリーがアレンに手を振り見送った後、リナリーは恐る恐るちらりとライの方を向いた。


「ライ…」
『もー、心配性だなぁリナリーは。ま、そんな所も大好きだけど!』


ライはくすりと笑ってリナリーの頭へポンと手を乗せた。
ほんのり頬を染めたリナリーが困ったように笑い、何かを言おうと口を開けたその時、


「何だと!!!」
『「!」』


劇場の方から、オーナーの怒鳴り声が聞こえてきた。
ライとリナリーはお互い目配せするとすぐに走り出す。


「売り上げ金をスリに盗られただと!?」
「す、すいません」
「バカヤロウ!!」


劇場の前では、たくさんの劇団員に囲まれ地面へ座り込むミランダと、彼女へ怒鳴りつけるオーナーがいた。


「お嬢ちゃん、ちょっと待ってて」


少女の肩から手を離したアレンが、ミランダさんに合わせてしゃがみ込んだ。


「ミランダさん」
「ア、アレンくんごめんなさい、他のお客さんにチケット売ってるスキに…」
「スリの姿は見ましたか?」
「茶色い上着の長髪の男…あっちへ逃げたわ……」
「リナリー!ライ!」


アレンがライとリナリーを見つけ、二人に目配せをしながら言う。


「ライはここに残って。私が行くわ」
『りょーかい。気をつけて、リナリー』


ライの言葉にふわりと笑ったリナリーは、軽々と建物の上へひらりと飛んだ。
そしてすぐにミランダが指し示した方へ駆け出した。


「大丈夫、捕まえてきます。…ライ!ミランダさんをお願いします!」
『ああ』


カボチャの被り物を取ったアレンはミランダへ安心させるように笑いかけ、すぐにリナリーの後を追った。
ライは投げかけられたアレンの言葉に、路地裏からすぐにミランダの元へと向かう。


「約立たず」


ミランダの元へ向かうライの足が一瞬ぴくりと動いたが、すぐに側まで近寄って目線を合わせた。


『…ミランダさん、大丈夫だから』
「……で…」
『え…?』


俯いたミランダの目から溢れ出す涙は、止まることなく重力に従って零れ落ちていく。


「何で私ばっかりこうなのよ…」
『ミランダさ、』
「何で私の時計がイノセンスなのよ……っ!!何で私は…」


ライが再び声をかけようとした時、ミランダとライに小さな影が重なる。


「あんたの時計がイノセンスなんだぁ」


ライがばっと視線を向けると、そこに居たのは先程の小さな少女だった。



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