モノクロ | ナノ


「今日」は違うことが起きたわ
私、殺されそう?
確かこの後、私は馬車にドロ水をかけられて、家に帰って寝るハズなのよ
何、この化物?


「イノセンスはどこだ…?」


今日は「今日」じゃなかったの?
私…


カツン


「その女性(ひと)を放してください」


ドン!!


また新しいのが出てきたわ
あの黒服も「今日」と違う
「今日」の出来事がどんどん違ってく
やった
私!
「今日」から抜け出せたのね!!



* * *



「へっくしょい!!」


小さなレストランに、アレンのくしゃみ声が響く。


「これは何?」
『すげ…』


コーヒーをすするライの隣に座るリナリーが持つ紙には、なんとも言えない絵が描かれていた。
よく見れば、人の顔に見えなくはない。


「アレンくん!」
「…すみません」


リナリーの咎めるような視線に、鼻をすすりながらアレンが答えた。


「すみませんじゃない、どうして見失っちゃったの」
「でもホラ、似顔絵!こんな顔でしたよ」


アレンの言葉にライとリナリーは再度先程の絵へと視線を落とした。
どうやらこれはアレンが描いた似顔絵、らしい。


『「似顔絵…?」』
「あれ…?変ですか?」
「うん、変…」


きょとんと尋ねるアレンに、リナリーは困ったような声を漏らした。


『まあ……分からなくもない、ような…』
「えっ…?」
「でしょう!」
『ある種のセンスの塊ではあるな…』


似顔絵へと目を落とすライの呟きでリナリーは更に困惑し、アレンは得意げに表情を明るくさせる。
ライはコーヒーをスプーンでくるくるとかき混ぜた。


『んー、二手に別れないで一緒に調査すりゃよかったな』
「昨夜退治したアクマ…確かにその人に「イノセンス」って言ったの?」
「はい。道に迷って路地に入り込んだら偶然見つけて…」
『迷子の賜物…』


アレンは話しながら手元の料理をどんどん口へ運んでいく。


「運が良かったです。たぶん今回の核心の人物だと思いますよ」
『…これ、見失ったのも迷ったからだろ』
「アレンくん今度から絶対一緒に調査しよう」


ガツガツと料理を平らげながら平然と話すアレンに、ライとリナリーは白い目を向けた。
ふいにアレンが視線を料理から二人へ移す。


「ライとリナリーの方はどうでした?」


その問いにライはアレンと別れた後のことを思い出した。


「んー……コムイ兄さんの推測はアタリみたい。アレンくんとこの街に入った後、すぐ城門に引き返して街の外に出ようとしたんだけど、どういうワケか気づくと街の中に戻ってしまうの」
『ちなみに何ヶ所か城壁を壊してみたし、水牙に乗って越えてもみたけど意味なかったな。抜けたと思ったら街の中の元の場所に戻ってた』


リナリーと二人同時に出てみたり、入れ違いになるように出てもみたが、全くの無意味だった。
ライは、ふうと息を吐く。


「あ、それじゃやっぱり…」
「私達、この街に閉じ込められて出られないってこと」
『イノセンスの奇怪を解かない限りな』




06.巻き戻しの街




アレンが教団に入団してから3ヶ月あまり。
今回、ライ達にあてられた任務は、コムイをほとほと困らせたものだった。


「たぶんね、たぶん、あると思うんだよね、イノセンス」


目の下に隈を作った疲れた顔のコムイが、本の山でほぼ全面が埋まったデスクの僅かなスペースにくたりと頭を乗せながら言った。


「といってもたぶんだからね、たぶん。期待しないでね、たぶんだから。絶対じゃなくてたぶんだから。でもまあたぶんあるんじゃないかなーってね、たぶん」
「わかりましたよ、たぶんは」
『あ』


やけに「たぶん」を連発するコムイに、アレンがぼそりとツッコミを入れる。
おもむろに本の山を漁るコムイの横で、崩れた本に一人の科学班員が埋まっていった。


「なんてゆーかさ、巻き戻ってる街があるみたいなんだよね」
『「巻き戻る?」』
「そう。たぶん時間と空間がとある1日で止まって、その日を延々と繰り返してる」


そこまで言ってコムイがリーバーを呼ぶと、どこからかいつも以上にやつれたリーバーが一枚の紙を手に現れた。
顔が青白く頬はこけ、体に力が入らないのか老人のようにぷるぷると震えている。


『だ、大丈夫かリーバーさん…』
「おう……あー、調査の発端は、その街の酒屋と流通のある近隣の街の問屋の証言だ」


リーバーによると、先月の10月9日、酒屋から「10日までにロゼワイン10樽」という注文を受けた問屋は翌日の10日に配達をした。
ところが、何度街の城門をくぐっても中に入れず外に戻ってしまうので、気味が悪くなり問屋は帰宅。
すぐに事情を話そうと酒屋に電話をしたが、通じなかったらしい。
それから毎日同じ時間に酒屋から「10日までにロゼワイン10樽」との電話がかかってくるようになり、問屋はノイローゼで入院した。


『ちょ、ホラーじゃん…!!』
「調べたいんだけどさあ、この問屋同様、探索部隊も街に入れないんだよ」


そして、コムイの二つの推測が立てられた。


「@もしこれがイノセンスの奇怪なら、同じイノセンスを持つエクソシストなら中に入れるかもしれない。
Aただし、街が本当に10月9日を保持し続けてるとしたら、入れたとしても出てこられないかもしれない…空間が遮断されてるだろうから。
……そして、調べて回収!エクソシスト単独の時間のかかる任務だ…。以上」


ハア、とため息混じりに終わったコムイの言葉を思い出し、ライは無意識に口元へと手を当てた。


「……なんかコムイさん、元気なかったですよね」


アレンも、今丁度ライが考えていたことと同じことを考えていたようだ。
その言葉に、ティムとじゃれていたリナリーは、目を伏せるようにしてティムを見つめる。


「なんか兄さん…色々心配してて働き詰めみたい」
「心配?リナリーとライの?」
『は?』
「伯爵の!」


アレンのとぼけた声に、リナリーは先程の似顔絵の紙を丸めてアレンの頭をぽこっと叩いた。
隣ではライが苦笑している。


『そういえば、最近伯爵の動向が掴めなくなった、ってコムイさん、ボヤいてたな…』
「うん…「なんだか嵐の前の静けさみたいで気持ち悪い」ってピリピリしてるのよ」
『ああ…だから珍しくあんな真面目に働いてんだな』


普段あれほどおちゃらけているコムイのことだ。
そのコムイが働き詰めだというのだから、その心配は相当なものだろう。


『変に倒れなきゃいいけど…』
「伯爵が…」


フォークを片手に持ったアレンが言葉と共に二人の方へ顔を上げた途端、派手な音を立ててアレンの手からフォークが落ちた。


『アレン?』
「?フォークおちたよ」
「あああ!!」
「はっ!」


アレンはテーブルに身を乗り出し、ライとリナリーの声を通り越すように大声をあげて二人の後ろを指差した。
驚くライとリナリーが指先へと振り返ると、そこには一枚の布で頭から体を覆った見るからに怪しい人。


「この人です!リナリー、ライ!」



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