モノクロ | ナノ


『ユウー、………』
「…動いて平気なのかよ。ていうかなんだその顔」
『…別に二人ほど怪我してないし。いや、なんでもない(女子が見たら発狂すんだろーな、これ…)』


ライが神田のいる病室に入ると、上半身裸に包帯を巻いた神田がちょうど起き上がろうとしていたところだった。
神田は急に入ってきたライに驚く様子もなく、じっとライの姿を見る。
頭や顔、捲られた団服の袖から覗く腕、今はスリッパを履いているため晒されている素足にはいくつもの絆創膏や包帯が痛々しく巻かれている。


「頭…腕と脚も包帯と絆創膏だらけじゃねぇか」
『あー…やっぱ目立つ?コート着てブーツ履いとこ』
「(そういう意味じゃねぇよ……)」


神田に言われ自分の体を見るライは不満そうに眉を寄せると肩にかけていたコートを羽織った。
腕を隠した後、ライは顔に手を当てながら、顔のどーすっかな…と呟く。


「…モヤシは」


その質問に顔を上げると、眉を下げて笑った。


『ララんとこ』
「……そうか」
「神田殿、本部から通信が入りました。…あ、ライ殿」
『よっ』


その時、部屋の向こうからトマが受話器を持って現れた。
トマはライに気づくと軽く会釈をしてから神田に受話器を渡す。
ライはトマに軽く笑いかけてから、受話器を耳に当てる神田の近くに寄って同じように受話器に耳を近付けた。


「…何だ」
"いいねぇ、青い空。エメラルドグリーンの海。ベルファヴォーレイタリアン"
「だから何だ」
『(…ガンスルーだ……)』


コムイの声に無愛想に答えながら、神田は自分の頬のガーゼを剥がす。


"「何だ」?フフン"


ここだけ聞くと機嫌よさげなコムイの声。


"羨ましいんだいちくしょーめっ!アクマ退治の報告からもう三日!何してんのさ!!"


しかしその次からそれは不満をぶつけるように叫ぶ声へと変った。
後ろではぽむぽむとひたすらにハンコを押す音が聞こえる。
ライはその様子を脳内に浮かべてふっと軽く吹き出した。


"ボクなんかみんなにコキ使われて外にも出れない、まるでお城に幽閉されたプリンセ…"
「わめくなうるせーな」


そこで、神田がライに視線を送り受話器を軽く揺らした。
不思議そうな視線を送るライに、神田は、持ってろ、と口だけ動かす。
納得して頷くライは受話器を神田の耳に当てたまま受け取り、自分もまた受話器に耳を近付けた。


「文句はアイツに言えよ!つかコムイ!俺アイツと合わねェ」


神田はコムイとの話を続けながら腕の点滴を無理やり剥がした。


"神田くんは誰とも合わないじゃないの。あ、アイツってアレンくんだよね?ライちゃんはむしろ「あ゙ーーーーーっっ!!!!」…へ!?"


コムイの口からライの名前が出た途端に叫ぶ神田。
近くにいたライはびくっと肩を揺らし、とっさに神田から体だけを離して受話器を持っていない方の手で片耳を押さえた。


『ちょっ…!?いきなり叫ぶんじゃねーよっ!』
"……あれ、ライちゃんそこにいるの?"
『?いるけど?』


かすかに聞こえたコムイの声にライが返事をすると、受話器の向こうでコムイの含み笑いが聞こえた。


『…ん?何?え?』
「…受話器よこせ!お前は向こう行ってろ!」


神田は一人わけがわかっていないライから受話器を奪うと、もう片手でライを自分から遠ざけるように押し退けた。


『あぁ…?んだよー持ってろって言ったのそっちだろ。っていうかユウ、微妙に顔赤く……ひぃっ!?なぜ睨む…!?』


しぶしぶ離れたライが神田を見ると、神田は受話器に向かってなにか小声でやりとりをしている。


「まだあの都市で人形と一緒にいる!!」
『なんなんだよもう…』


ライはすごい形相で受話器に向かう神田になんともいえない目を向けた。


「多分な。もうアレは五百年動いてた時の人形じゃない。じき止まる」
『…………ん?』


ふと入口の方が騒がしくなりライが目を向けると、この病院のドクターが慌てて入ってきた。


「ちょっとちょっと何してんだい君たち!?それと君!勝手に病室出ちゃ困るよ!」


最後はライに向かって言うドクターの後ろで看護婦が心配そうに様子をうかがっている。


「帰る。金はそこに請求してくれ」
「へ?……ダメダメ!あなた全治五ヶ月の重傷患者!!」


神田の言葉に合わせて名刺を差し出すトマを見て、またすぐ神田に視線を戻すと手をぶんぶんと振った。
次に少し離れた所にいるライに視線を移す。


「キミもまだ頭の怪我とその他もろもろ完治してないんだから!」


神田がライをちらりと見る。


『治りました』
「……治った」
「そんなワケないでしょ!!」


体に巻かれた包帯を取った神田がそれをドクターの胸に押しつけた。


「世話になった」


受話器を片手にワイシャツに袖を通す神田の体には何一つ傷はなく、代わりに左胸にタトゥーのような痣のような、不思議な模様があるだけだった。


「そ、そんなバカな…傷が消えてる…」


ライは頭の後ろで腕を組んで、まだコムイと会話を続ける神田を横目で見ながら、何事もなかったかのように病室を出る神田とトマの後に続いた。


「でも治った」
『(ユウの体、ほんとなんなんだろ)』
「で。何の用だ。イタ電なら切るぞコラ」
『(本人に聞いても教えてくれねーだろうなあ……っていうかそもそも聞づらいよな、こんなこと)』


ライはさりげなく隣を歩く神田の表情を窺うが、いつもの神田と変わりはない。
そこからは神田の次の任務の話になっていったようで、神田は歩きながらしばらくコムイと話をした後、最後に相槌を一つ打ってから電話を切った。


「ライ」
『…ん?』


突然のことにライは少し遅れてから神田を見上げる。


「俺はモヤシと合流してからこのまま次の任務に行く。お前はあいつとイノセンスを本部に届けろ」
『りょーかいっす。気をつけてな、ユウ』
「……ハッ」


神田は心配無用だというように鼻で笑った。



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