青空の下、ライ達は建物の屋根の上を走っていた。
「あの、ちょっとひとつわかんないことがあるんですけど…」
「それより今は汽車だ!!」
器用にも資料を見ながら走るアレンが叫ぶように言うが、神田はそれを無視するように言った。
その横をほのかに蒼白い光をまとった狼に乗ったライが資料を片手に越していく。
『早くしないと乗り遅れるぞー』
「!」
「お、狼…!?」
水牙に跨ったまま、こちらを見て驚くアレンたちを振り返るライはにぃっと笑い、また前を向いた。
ライが前を向くと、水牙はそのままの勢いで建物の端から高く飛ぶ。
ちょうど真下から汽車が出てくるところだった。
「お急ぎください。汽車がまいりました」
「でええっ!?これに乗るんですか!」
探索部隊の言葉に驚くアレンだが、横を行く神田と共に意を決したように飛び降りた。
「飛び乗り乗車…」
「いつものことでございます」
ダン!と音を立てて飛び下りた三人の横に狼がすたっと綺麗に着地した。
よっ、と言いながら狼から下りるライは、狼を軽くひと撫でする。
『水牙、お疲れ』
甘えるようにライの首元に頭を擦り寄せる狼に、ライはくすぐったそうに笑った。
「あの…ところでその狼は…」
『こいつは水牙。オレのイノセンスだよ』
「えっ?この狼が…?」
『詳しくはまた今度。とりあえず、中入んないと』
怖々と訊ねるアレンを他所に、水牙は今度は神田へと擦り寄っていく。
ライと同じように神田にひと撫でされた水牙は、満足げに小さく頭を動かすと一瞬にして消えた。
「(き、消えた…)」
『…これどっから入るんだ?』
「こちらでございます」
入口を探すライに、トマが汽車の入口を開けてくれた。
するりと入っていくトマに続いてライも入り、そして神田も車両の中へと着地した。
「困りますお客様!」
ちょうどアレンが入ろうとしたとき、音を聞いて何事かとやってきたのか、乗務員だと思われる男が天井からぶら下がるアレンを見て困り顔でやってきた。
「こちらは上級車両でございまして、一般のお客様は二等車両の方に…てゆうかそんな所から…」
『(…ま、そりゃそーなるわな)』
「黒の教団の者です。一室用意してください」
「!黒の…!?」
だが、トマの一言で乗務員の顔色が変わり、その視線は神田とライの胸元にあるローズクロスへと移る。
「か、かしこまりました!」
そしてすぐにぺこりとお辞儀をするとどこかへ走っていってしまった。
「なんです今の?」
『権力乱用』
「あなた方の胸にあるローズクロスは、ヴァチカンの名においてあらゆる場所の入場が認められているのでございます」
「へぇ」
アレンが感心したように自分の胸についたローズクロスを見た。
「ところで、私は今回マテールまでお供する探索部隊のトマ。ヨロシクお願いいたします」
* * *
しばらくすると先ほどの乗務員よりも位が高そうな男がやってきて、恭しく礼をした。
その男に案内されたのは、ふかふかのソファが向い合せについた豪華な個室。
『相変わらず一等車両はすげぇな…』
「僕初めてですよこんなの…」
その内装に感嘆するライとアレンの横を無表情で通り抜ける神田はさっさと窓側に腰かけた。
「ライ隣座りませんか?」
『おー、いい「お前はこっちだ」っおわ…っ!?』
アレンに言われ一緒に神田と反対側の席に座ろうとしたライだったが、神田がその手を引き、ライは神田の隣に尻もちをつくように座らされた。
「神田……何してるんです?(…このぱっつん野郎…)」
にっこりと、それはもうにっこりと神田を見るアレン。
神田は素知らぬ顔で窓枠に肘をついて資料を眺めているが、ライはそんなアレンに顔を引きつらせ冷や汗を流していた。
『おおおお落ち着けアレン!』
慌てて止めようとするライの声も聞かずに、アレンはその笑顔を消すことなくライに詰め寄る。
「ライ、こんなのの隣にいたらぱっつんが移りますよ」
「……んだとモヤシ…!」
『わあああ!ストップストップ!!』
にらみ合う二人の黒いオーラをかき消すかのように二人の間でばたばたと腕を振るライ。
そのまま困ったようにアレンの方を見上げた。
『ほ、ほらアレン、帰りは隣に座ろうよ!…な?』
「っ、ライが…そう言うなら…」
なぜか赤くなったアレンは、仕方なくといった風にライの向かい側に座りなおした。
ほっと胸をなでおろすライは、勝ち誇ったようにアレンを見る神田とそれを睨み返すアレンを見ることはなかった。
『…ところでアレン…?聞きたいことがあったんじゃ…?』
そうライに改めて聞かれ、アレンは思い出したように言った。
「そうでした!さっきの質問なんですけど、なんでこの奇怪伝説とイノセンスが関係あるんですか?」
「………チッ…」
『「(今「チッ」って舌打ちした)」……え?何?』
ふと神田の視線にライが気づき首を傾げるが、すぐに理解したように、はいはい…と呟いた。
『イノセンスってのは、ノアの大洪水から今までの間にいろんな状態に変わってる場合が多いんだよ。初めは地下海底に沈んでたんだろうけど、その結晶の不思議な力が導いたのか人間に発見されていろんな姿形になってることがある。んで、それは必ず奇怪現象を起こす…ってわけなのです。あー長かった…』
「あはは………じゃあこの「マテールの亡霊」はイノセンスが原因かもしれないってこと?」
『ん。《…あとよろしくユウちゃん》』
「…?(今の…なんだ…?)」
隣に座る神田を見れば、神田は短く溜息をついた。
「”奇怪のある場所にイノセンスがある”……だから教団はそういう場所を虱潰しに調べて、可能性が高いと判断したら俺達を回すんだ」
「(奇怪…)」
神田が資料に目を落とし、アレンも同じように目を落とした。
「!」
「これは…」
ふとアレンが何かに気づいたように目を開き、神田も言葉を漏らす。
ライも自分の資料に目を落とした。
片隅に印刷されている写真に気づくと、それをじっと見つめる。
「そうでございます」
中の声が聞こえていたのか、トマが部屋の外から話し始めた。
三人の視線がドアの方へと注がれる。
「トマも今回の調査の一員でしたので、この目で見ております。マテールの亡霊の正体は……」