「はい、終わりました」
『ありがとうゴズ、……痛かった……』
治療のせいで滲んだ涙を残しながらも、ライはゴズに礼を言った。
ゴズは嬉しそうに笑いながら、近くの椅子へと腰を下ろした。
大分窮屈そうだ。
「とりあえず、人がいてよかったですね」
「まあな」
「本当に誰もいないかと思っちゃいましたよ。随分静かに暮らしてるんですね、この村の人たちは」
「そうだな……」
何か考えているのか、いつものことなのか、神田のゴズへの返事は素っ気ない。
「でも、がっかりですね。命がけで調査に来たっていうのに、イノセンスはなさそうだ」
『まあ、帰らずの森の正体もなんとなく分かったしな。この村にはアクマ達は来てないみたいだから、やっぱりイノセンスは関係ないだろうな』
「恐らくはな」
「魔女はどうなんでしょう」
ふと、ゴズの言葉がライの頭に止まる。
噂になるということは、何かしらの理由があるはずだ。
『帰らずの森』の正体は分かったが『魔女の村』の方はまだ謎のまま。
もしかしたらそちらの方にイノセンスが関わっている可能性も無くはない。
「どうします?イノセンスもないようですけど…」
『オレらの任務は、失踪した探索部隊を探すこと、だけど…』
ゴズの問いにライが答えながら神田の方を見ると、神田も小さく頷いた。
「あぁ、アクマは複数いた。まだ村やこの付近に潜んでる可能性がある。全員倒してから帰還する」
『そーだな、賛成』
「わかりました。では、任務はイノセンスの調査から、アクマ退治に変更ですね。役に立たないかも知れませんが、俺も一緒にいていいですか?」
今までにないゴズの真っ直ぐな視線に、ライはにっこりと笑いかけた。
『もちろん。一緒に仲間の仇を打とう』
「だが、足でまといにならないようにしろよ」
「わあ!ありがとうございます!」
先程とは打って変わって子供のような無邪気な姿に、ライはくすりと笑を零した。
「じゃあ、明日はほかの村人にも話を聞いて調査しましょう!」
よほど嬉しかったのか、大声で話すゴズに神田は顔をしかめた。
「わかったから、もうちょっと声を小さくしろ」
一応、ここは戦場でもある。
誰が聞いてるかもわからない場所で大声で任務内容を相談するわけにはいかない。
その時、階下から店主の声がした。
「夕食ができましたので、どうぞ」
「ありがとうございます!」
途端に輝くゴズの顔。
やはりお腹がすいているらしく、ドタドタと荒々しく階段を駆け下りていく。
そんなゴズに苦笑しながら、ゴズの後を行く神田に続いて階段を下りていくと、突然神田が足を止めた。
『うっ!?』
自分のテンポで階段を下りていたライは突然のことに止まれず、そのまま神田の背中に突撃した。
「…何してんだ」
『う、悪い…!』
下からじとりと睨まれ必死に謝ると、神田は前にいた巨体をガンと蹴飛ばした。
「は、初めまして!いや、お美しいですね!お嬢さんですか?」
『…は?え?』
神田とその前にいるゴズのせいでライには台所の様子は見えないが、どうやら店主の他に誰かいるようだ。
「そうなんですよ。ソフィアといいます」
「お疲れでしょう。あまりたいしたものはないんですが、夕食を召し上がってください」
「はい!」
止まった足はやっと進み、神田とライも台所に入った。
小ぢんまりした台所の中央に、長方形のテーブル、その上で夕食がおいしそうに湯気を立てている。
そこでやっとライはソフィアを目にした。
金の巻き毛にきれいな青い瞳の、西洋人形のような少女。
ふと、ソフィアがライのほうを向いた。
「はじめまして」
にっこりと笑うソフィアはとても純粋な少女のようだった。
『はじめまして。オレライっての』
「ソフィアです。ライさんもどうぞ、召し上がってください」
ソフィアに礼を言ってから、どこに座ろうかとテーブルを振り返る。
四人用のテーブルセットに、付け足したように普通の丸椅子が置いてある。
『えと…』
「早く座れ」
『おわ…っ』
考えていると神田が急にライの手をひっぱり自分の隣に座らせた。
ゴズは神田の正面の席に座り、その隣に店主、向かい合う店主とライ側におかれた丸椅子にソフィアが座った。
『ご、ごめんな、女の子なのに…!』
「そんな、あなた達はお客様ですもの。むしろすみません、こんなものしかなくて」
『そんな、』
「ありがとうございます。ではさっそくいただきます!」
ライの代わりに返事をしたゴズが真っ先にスープに口をつけると、その顔がぱあっと輝いた。
「おいしいですよ!これはソフィアさんが作ったんですか?」
「ええ」
詰めた息を吐き出し、ライもスープを口に運んだ。
『うま…』
「ふふ、ありがとうございます」
ライの呟きが聞こえたのか、微笑むソフィアにライも軽く微笑み返す。
パンとソーセージにも手をのばして口に運ぶと、それらもとてもおいしいものだった。
『(いいお嫁さんになるんだろうなあ…)』
そこから、ゴズの聞き込みが始まった。
ライはそれをなんとなく聞きながら食事に集中していた。
もうライがだいたい食べ終わった頃、ガシャンという派手な音が台所に響いた。
『っ、…?』
見ると、真っ青な顔の店主と、そして机の上にカップの破片がたくさん散らばっている。
「どうしたの?お父さん」
店主は心配そうなソフィアから視線を外すと、ゆっくりと立ち上がった。
「すまない。ちょっと足が痛んでね。先に休ませてもらうよ」
店主は足を引きずりながら台所を出て行った。
ライは静かに店主を目で追う。
『(今の…本当に足が痛んだだけか…?)』
「ライさん?」
店主を見つめるライにソフィアが首をかしげながら名前を呼んだ。
『あぁ、なんでもないよ』
「父のことなら、心配しないでください。たまにああやって足が痛むときがあるんです」
眉を下げて言うソフィアにライは頷くと、残りのスープを飲もうとスプーンですくった。
カシャンっ
『…あれ…?』
持ち上げようとしたスプーンは手から離れ、食器とぶつかって軽い音をたてた。
全員の視線がライに突き刺さる。
「大丈夫ですか…?」
『あ、うん…』
心配そうなソフィアに笑顔を向けるライだが、次には大きな欠伸をして目をこすった。
『なんか……すごい、眠…い』
「ここまで来るのに疲れたんでしょう。怪我もなさっているようですしお休みになった方がいいですよ?」
『……でも、』
ソフィアの言葉に困ったような顔で神田を見る。
「…寝てろ。あとは俺たちがやる」
『でもー……』
「ソフィア、だったな。こいつを頼む」
『え、…ユ、…』
「わかりました」
視界と意識が霞み、足取りがふらふらする中、ライはソフィアに支えられて二階の部屋へと戻った。
『ん、…(あたま…うごかない…)』
「ふふ、ゆっくり休んでくださいね、……もう聞こえてないようですけれど」
きれいな笑顔を浮かべながらソフィアはライをベッドに座らせた。
くたりとライがベッドに倒れ込むと、ソフィアが毛布をかける。
『…………』
ライはすぐに寝息を立て始めた。
「……そのまま、全てが終わるまで…」
ぐっすりと眠るライは、ソフィアの口元が怪しく吊り上げられたのを知ることはなかった。