モノクロ | ナノ


『ミッテルバルトか…』


ドイツ北部の町、ミッテルバルトへ着く頃にはもう昼を過ぎていた。
きょろきょろとあたりを見回すライに神田は歩きながら声をかける。


「急ぐぞ。日が暮れる前に森を抜ける」
『うーい』


しばらく歩き町のはずれに行くと、前方に鬱蒼と葉の生い茂る森が見えてきた。


『(帰らずの森、か…雰囲気あるなぁおい…)』


ライが心底嫌そうに森を見ていると、神田が近くを歩いていた老婆に声をかけた。


「あの村へ行くのかい?」


すると、見るからに嫌そうな表情を浮かべる老婆。
ライが近くに寄ると、老婆は一瞬ライを見てから話し出した。


「あそこは昔からイヤな噂のある村なんだよ」
「イヤな噂?」
「ああ。『魔女』が棲んでいて、道に迷った子どもを捕まえ、喰っちまうのさ」
『魔女…』


普通ではあるはずのない話に、神田がまじまじと老婆を見つめる。


『(な、なんか可愛いぞ…)』


教団の者ならばすぐに顔を背けるか逃げ出してしまうであろう神田の行動だが、それでも老婆は真剣な顔を崩すことはない。


「悪いことは言わない。『魔女の村』に興味本位で近づくのはやめな」
「ダンケルン村に行くには一本道があると聞いているんだが」


話を聞こうとしない神田に老婆は深いため息をついた。


「あんたも行くのかい?」
『えっ?オレ…?』


ちらっとライを見る老婆に、まさか話を振られるとは思っていなかったのか、ライは少しびっくりしたように言った。


『えーと、まぁ…』
「……そうかい」


帰る気配がない二人に、老婆はやれやれといったように再度ため息を吐く。


「しょうがないね。あそこに『ダンケルン村』って立て札があるだろう?あの道をまっすぐ行って森を抜ければ、村に着くよ」
「わかった。手間を取らせたな…行くぞ」
『ん。ありがとうお婆ちゃん』


立ち去ろうとする二人の背に、最後の引き止めとして老婆が声をかけた。


「でもあんた達、本当に行くのかい?」
「ああ」
「あの村は最近、人が帰ってこないって言われてるんだよ。つい二日前にも三人組の男が森に入っていったが、戻ってきていない」
『おばーちゃん、オレらはね、その三人を探しに行くんだ』
「ああ…」


老婆の顔に諦めが浮かんだ。
ライと神田は森へ向かって歩きだす。
背中越しに老婆が、戻ってこられるといいがね、と小さくつぶやくのが聞こえた。
二人は立て札の横を通り、森の中へと足を踏み入れた。


『うへぇぇ……これは思ってた以上だ…』


森は昼間だというのに暗く、一気に夜になったようだった。
上を見ても空は見えず、ただ天に向かって伸びる木が密集していた。
人の気配は全くなく、もちろん、失踪したという探索部隊の影すら見当たらない。
そんな森の中の小道を神田は黙々と、ライは神田の背中に隠れるようにくっ付いてびくびくと森の中を見回しながら歩いていた。


「…おい、いい加減離れろ、歩きづらい(集中できねぇ)」
『っだって!!!!だって!!!!』
「あーーーうるせえ!耳元で喚くな!」
『南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏…』
「……はぁ」


ひたひたひた―――。


そんな時、突然聞こえてきた、常人には聞こえないであろう小さくひそめいた足音。


「!」
『ひっ、お助け…!』


いち早く動いたのは神田で、振り返りながらライの前に立ちはだかると、見えたのはシャツに茶色のベストを着たきこり風の若い男。
手には斧を持っていて、それは振り下ろされる直前だ。


「…チッ」
『うあっ!?』


神田はライを突き飛ばし、自身は避けざま背に背負った日本刀、六幻を鞘から引き抜き、男の腹を峰打ちした。


「ぐうっ!」
『に、人間…!?』


男は苦悶の表情でのたうち回る。
体を起こしながらライが男へと視線を向けると、男の目がカッと見開かれた。
顔面にビキビキビキと音をたてて血管が浮き上がり、男の体は小刻みに揺れ始めた。


『こいつ…!』


その見覚えのある情景に、ライの顔がきゅっと引き締まる。
ばっと神田を見ると既に刀身に指を当て、六幻を発動させていた。
神田が発動させた六幻を構えた瞬間、男の皮が弾け飛んだ。
そしてそこから、いくつものキャノンがついたボール型の物体、レベル1のAKUMAが飛び出した。


「銃器攻撃のアクマか……」


神田が素早くAKUMAを切り裂く。
AKUMAは何もしないまま地に落ち、そのまま消え去った。


「ふん……」
『わーさっすがぁー』
「テメェ…ちったぁ動きやがれ!」


神田はなんとも心のこもっていないライに怒鳴りながら六幻を鞘におさめるが、かさり、という木の葉を踏む音に再度六幻を鞘から抜いた。
今度はライも臨戦態勢で音の方へ体を向ける。


「誰だ!」
「こ、殺さないでください!」


両手を頭の上にあげて降参のポーズをとっているのは、2メートル近い大柄な男だった。
燃えるような赤毛で、大きな緑色の目は恐怖に揺れている。
その男は探索部隊用の白いフードのついた団服を着ていた。


『キミ、探索部隊か…?』
「は、はい、ゴズといいます。そちらの方は、長い黒髪に日本刀…エクソシストの神田さんですよね?それから…」


ふと、ゴズがライの方を向いた。
その顔はとても明るく輝いているように見える。


「あなたのことはよく知ってます!ライ・トキハさんですよね!」
『そうだけど、よく知ってるって…?』


ライが疑問を口にすれば、ゴズは嬉しそう口を開いた。


「俺たち探索部隊の間では、ライさんは憧れの存在なんです!綺麗で、かっこよくて、強くて、それで俺達にすごく優しくて…」
『え、ちょ、ゴズさん…?』


思わぬ言葉にライの手はゴズを止めようと伸ばされるが、彼の雰囲気に押されたのか宙を切るだけ。


「ライさんと任務を共にできることは俺達の自信でもあり自慢にもなるんですよ!」
『や、あのー……』
「いい加減にしろ!任務中だ」
「ヒッ、すすすすすすすみません!!!」
『は、はは…』


止まらないゴズに痺れを切らした神田は、ギロりとゴズを睨んだ。
一瞬にして大きな体が縮こまり、恐る恐るといったように口を開いた。


「お、お二人共、助けに来てくれたんですよね。ありがとうございます…!」


そして、ゴズは深々と頭を下げた。


『あー、ゴズ、一人だけか?』
「あ、いや…仲間が二人殺されて……それからずっと逃げ回ってました」
「何があった」
「この一本道を進んでいたとき、さっきの男に襲われたんです。ほんと、一瞬の出来事でした。俺たち探索部隊ではかなわなかった…」


唇をかみしめてうつむくゴズにライは悲しげな目を向けた。
助けられなかった、という思いがライの中に浮かんで、漂う。


「命からがら逃げたけど、俺、もうどうしようかと。……情けない。目の前で仲間が殺されたのに、一人で逃げてあげくに迷ってしまうなんて」
「黙れ」
「え」


話の途中で鋭く言った神田にきょとんとするゴズ。
ライは六幻を構えた神田の背中に自身の背中を合わせるように立つと、右手を前へ翳す。
一瞬、ライの手首から先が蒼白い光に包まれたかと思うと、次の瞬間には蒼白く輝く一本の刀が握られていた。


『新手が来たみたいだよ』



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