『あれ…?ここにもアレンいない…?』
大きな扉の前まで着たライは、キョロキョロと当たりを見回した。
だが、目当ての人物はそこにはいないようだ。
"ウォーカーならたった今出てったぞ…"
『わぁ』
急に扉から声が聞こえ、ライはのそりと顔を上げた。
『びっくりした』
"ホントかよ"
『うーん、どうだろ』
けらけらと笑うライに、扉からフォーのため息が聞こえた。
『フォー、調子どう?』
"さっきウォーカーにも聞かれた。この中で休んでればそのうち戻る。……あーあ、折角寝れそうだったのによぉー…"
ふああ、と大きな欠伸が聞こえる。
『悪い悪い、起こしちゃったか』
そう言いながらもライは扉へ近づき、扉へ背を預けてぺたりと座った。
"…お前、忘れんなよ"
『え?何が?』
"やっと見つけたんだろ。大切なもの"
『あぁ、……うん、大丈夫だよ。忘れない』
こて、と頭を扉につける。
『オレがいなくなったら、フォーが泣いちゃうもんな〜?』
"な゙ぁっ!?"
一瞬、扉の紋様がピリッと光る。
"クッソ、こんなんじゃなかったら今頃テメェの首を…!"
『あっはは、帰ってきたらオレとも手合わせしてよ』
"チッ…その時までとっておいてやる…"
ライはすくっと立ち上がると、数歩進んでから小さくフォーを呼んだ。
"あぁ?"
『ありがとう』
"……フン、早く行け。お前らの無事くらいは祈っといてやるよ"
『相変わらず素直じゃないなぁ。……行ってくるね』
* * *
その後すぐに方舟の場所まで戻ってきたライ。
そこでやっとアレンを見つけたライは、あ、と声を上げた。
『やっと見つけたー…新しい団服、似合ってんじゃん』
「ライ!どこに行ってたんですか?」
『フォーのとこだよ。入れ違いになったみたい』
言いながらライが方舟を見上げると、アレンも同じ様に上を見上げた。
『やっと、皆に追いつけるな』
「……はい」
アレンの視線が方舟の周りを舞う黒い蝶へ移る。
『なんだ?あの蝶』
それに気づいたライがぽつりと言えば、隣でアレンが蝶から視線を逸らさずに口を開いた。
「ティキ・ミックのゴーレムです」
『へ!?ノアのゴーレムがなんであんな普通に、っていうか優雅にひらひらしてんの…!?』
「僕を待ってるんじゃないですかね、たぶん、ですけど」
『ええ…キミ達どんな関係…』
「えっ!?そんなんじゃ…!?」
引き気味のライに手をぶんぶんと振るアレン。
「ウォーカー、ライ!こっちへ来てくれ!」
そこへバクが二人を呼んだ。
二人が近寄れば、バクは何やら小さなものを二人の前へ差し出した。
「これを耳に付けてくれ」
『何コレ?』
「何ですか?コレ」
ハテナを浮かべながらそれを受け取る。
その細長い台形の薄い板はどうやらバクが開発中の無線機らしい。
「恐らく大丈夫だと思うんだが…」
二人が耳に付けている横で、バクがちらりと後ろを見た。
「従来の無線ゴーレムでは、この"方舟"の内に入るための強度が足らんかったらしい」
バクの視線を追えば、ブスブスと黒焦げ、煙を上げるいくつものゴーレムが"修理"と書かれた箱に山積みになっている。
『あちゃー…カワイソ……』
ライが苦笑していると、
"聞こえるかい、ライちゃん、アレンくん"
『おわ!』
「コムイさん!?」
耳元から突然のコムイの声。
「どうしたんですか?」
"ん?いやね、実はボクはキミ達のブレーキ役なんだ"
『ブレーキ役?』
"こちらはそこに在るモノが「ノアの方舟」とはまだ認識出来ないんだよ。空間転移装置と考えられるけど、まだ不明なことが多すぎるし、罠の可能性もある"
ライが、ちら、と目の前のモノを見た。
"だから、ボクらもキミ達を通して一緒に「方舟」に入る"
『ボク"ら"?』
方舟から視線を切ったライが首を傾げた。
"科学班皆がこの通信を聞いてるよ"
『え、そこに皆いるのか!』
嬉しそうな声を上げたライに、だから、とコムイが言う。
"ボクらが危険だと判断したら、すぐひき返してもらうよ"
「えーーーっ!ヤですよひき返すなんて!!」
"あーーー、アレンくん、そういう無謀な発言する所は全然変わってないねーーー"
あははは、と困ったように笑うコムイ。
"でも、キミはボクらの大事な仲間だ。守りたいと思うじゃないか。それとも、アレンくんにとって僕らは仲間じゃないのかなあーーーー?"
「……っ」
わざとらしく"仲間"を強調するコムイに、ライは苦笑してアレンを見た。
「わかりましたよ!!」
『ずるいなぁコムイさん』
"フフフフフフ"
行こうか、とライが静かに言った。
頷いたアレンは、方舟の入口らしき場所に設置された簡易階段を登っていく。
「僕が先に行きますね」
『はは、わかったよ』
そしてアレンが入口を潜ろうとした時、後方からバタバタと走ってくる何人かの足音が聞こえた。
「ままっ、まって!ウォーカーさんっ、ライさんっ!」
なんだ、と振り返るバク。
ライとアレンも振り返ると、そこに居たのは肩で息をする科学班見習いの三人だった。
「蝋花さん?どうしたんです、慌てて…」
『李佳もシィフも、どしたの?』
「ウォーカーさん…っ、これ…」
プルプルと震える蝋花の手の上にあるのは、どこか見覚えのある一束のトランプ。
「ウォーカーさんのトランプ…スペードが一枚欠けてたから、三人でインク複製して作ってみたんです……」
お礼を言いながら受け取ったアレンは、顔を綻ばせてトランプを見つめた。
「きっ、気をつけて!」
「またな、ウォーカー」
「うん」
親指を立てる李佳に同じ様に親指を立て、アレンが入口へ潜っていく。
「ウォーカー、必ず…帰ってこいよ…!!」
その場からアレンの姿は完全に消え、ライもその後を追おうと足を進めた。
「ライさんも、お気をつけて…っ!」
「またね、ライ」
『皆本当にありがとう。またね』
泣きながら言う蝋花と、そんな彼女を慰めるようにしながら親指を立てる李佳と笑うシィフに、にこりと笑いかけるライ。
「ライ…」
『ちょっとバク、そんな顔すんなよ。笑って見送ってくれなきゃ、帰ってこないぞー』
「っ!」
ライに、じと、と睨まれたバクは、心配に染る顔に無理矢理笑顔を作る。
「っ…行ってこい、ライ!」
『ふはっ、笑顔下手かよ』
「なっ!?こっちは必死にだな…!」
『じゃ、行ってきます!』
「あ、おいっ…!」
ズ…と入口に体が埋まっていく。
「っライ…!皆でお前達の帰りを待ってるからな…!」
支部内の景色が消える直前に聞こえたバクの言葉にライはふわりと微笑み頷くと、小さく手を振った。