同じ空の下 | ナノ
(エースが家族になる少し前のお話)



ただ今食堂で皆と早めのお昼。
そして、今日もどかんとすごい音がモビーに響く。
原因は最近オヤジに認められて乗船した、アイツしかいない。
オヤジの首を獲ろうと毎日毎日懲りずにオヤジに喧嘩をしかけてはぶっ飛ばされて、すごい音を立てるのだ。
オヤジもオヤジでなんであんなのを船に乗せたんだろうとつくづく疑問に思ってたけど、もうここ最近ずっとのことで慣れた。


「…アイツ、懲りねェな…」


斜め前に座って昼間からお酒を飲んでるラクヨウが仄かに赤い顔に苦笑を浮かべた。
その隣でビスタも紅茶のカップを片手に、今日も平和だな、とか呟いてるし、私の隣にいるハルタと近くの厨房にいるサッチなんて肩を震わせて笑っている。


『元気なのはいいんだけどさぁ、毎回毎回モビーが可哀想だよね…あと船大工さん達も』


口を尖らせてぽつりと呟けば、ハルタにぽんぽんと頭を撫でられた。


「レンは人一倍モビーが大好きだもんねぇ」


こくんと頷いたとき、またどかんと先程より大きな音が響いて、目の前のハルタが一瞬キョトンとしたあとに苦笑して肩を竦めた。
はぁ、とため息をついて壁にかかった時計を見上げる。
…そろそろ、ご飯持ってく時間かな。
もちろん、アイツに。


『サッチー…』
「…世話係も大変だな?ほらよ」


世話係、その言葉に頭を抱えたくなる。
新入りの世話をするのは当たり前だけど、アイツ何かと喧嘩っ早いからほんとは隊長が付くのが一番。
だけど隊長は皆忙しいから、必然的に隊長じゃない実力者の私が、とオヤジ直々にお願いされたから断れなかった。
席から立ち上がりゆるりとサッチへ顔を向ければ、トレイに乗せられた美味しそうな料理がカウンターに置かれた。
私は床に置いてあったいつもの救急バッグを腕にかけて、いくつも湯気の立つトレイを持ち上げる。


『…行ってくるね』


皆に見送られて、アイツの姿を探しながらいつものスタイルで船内を歩く。
すれ違うクルー達がまたかと苦笑しながら、あっちだ、そっちだ、と教えてくれるから慣れたものだ。
船尾の方、至るところに新しい傷を作り、顔が見えないようにテンガロンハットを乗せて寝転ぶ、アイツがいた。
いつも通り、周りには人気もない。


『………起きてる?』


相変わらず無反応。
胸は上下に動いているから、生きてはいるようだ。


『ご飯持ってきた』
「………」
『食べなきゃ力つかないよ』
「………」
『勝手に怪我診るからね』


これもいつもと同じ会話。
一字一句、間違えたことはない。
それからいつも、私はトレイと救急バッグを置いて彼に手を伸ばし、勝手に治療をして、バッグだけ持ってその場を離れる。
いつも、は。


「………っ、」
『!』


ぱしっと手が弾かれる。
伸ばした手は、そこで止まった。


「……………ェ…」
『え…?』
「…触んじゃねェ」


彼の声を聞いたのは久しぶりというか、はっきりと私に向けられた声を聞いたのは初めてだった。


『…悪いけど、触らなきゃ治療できない。…し、いつも黙ってるのにどうしたの?』
「っ、うるせェな!…いつもいつも!迷惑なんだよ…っ!!」


テンガロンハットを顔に押し付けるようにして、彼が拒絶の言葉を叫んだ。
だけど、帽子を掴む指は震えているし、その声には、いろんな感情が隠れてる気がして。


『…拒絶されるのが怖い?自分が憎い?だから突き放そうとしてるの?…でも、心は戸惑ってるよ』


ピクリと、微かに指が動いた。


「…っ、…知った、ように…っ!!」


格好はそのまま、今度は絞り出すような声が、ハットの下から聞こえる。


「おれのことを何も知らないお前がっ!!知った風に言うなよ!!」


突然彼が飛びかかってきて、甲板にダァン!と叩きつけられた。
捕まれた肩と打ち付けた背中にじんじんとした痛み。
だけど、彼と目があって分かった。
目の前で泣きそうに顔を歪める彼の方が、何倍もの、別の痛みを抱えているんだ。


『知らないよ、あなたのことなんて。分かるわけがないでしょ』


ぐっと彼の手に力が入った。
…殴られるかもしれない、だけど、言わなきゃ、私が言ってあげなきゃ。


『…あなたが今まで私に何か話してくれた?人は何のために言葉を話せると思う?…何も話してくれなきゃ、分かりたくても分かんないよ』


彼が目を見開いて、ふっと力が抜けた。


『この船のクルー全員を皆がなんて呼んでるか知ってる?“家族”だよ。血は繋がっていなくても、私たちはオヤジを中心に“家族”っていう絆で繋がってる。オヤジはあなたに自分の息子になれって言った。家族になれって。オヤジがそう言ったその日から、私たち家族の意思は決まってる。あなたがすごい音を立てる度に、皆は怒らないで笑ってるの。ビスタなんか、今日も平和だなって。…言ってること、分かる?』


ふっと私の上の重みが消えた。
落ちていたテンガロンハットを拾って深くかぶり後ろを向いた彼を横目に見て、私も体を起こした。


『こっちはとっくにあなたを受け入れて信用しようと、あなたを愛そうとしてるんだよ?あとは全部あなた次第。あなたが何者で、何を背負ってるかなんて知らないけど、一人で抱え込むなら私たちにも預けなよ。いつまでもこんなことするのはやめて、早く自分に素直になりなよ。もう、決まってるんじゃないの?』
「…っ……何でだよ…こんな見ず知らずのおれを…!」
『それは違う。オヤジが決めた時点で私たちにとってあなたはもう、大切な家族だから』
「………!」
『…冷めちゃったけどご飯と、救急バッグ置いてくね。ちゃんと食べて、ちゃんと治療しなよ?じゃ』


…これで伝えたいことは全部伝えたつもり。
言いたいことはたくさんあるけど、今は駄目だ。
そのうち彼が家族になったときにまとめて言って一発殴ってやろう、そう決めて、私は立ち上がった。
くるりと背を向けたとき、小さな声が聞こえて。
ありがとう、ごめん、と確かにそう聞こえて、自然と緩む頬はそのままに家族の待つ食堂へ向かった。



((忘れない
あの時の君))




(レン、アイツ、やぁっと腹決めたよい)
(っ、マルコそれほんと…!?)

(……あのさ、)
(ん?…あ!エース!)
(!おま、名前…)
(だって家族だもん!名前で呼ぶのは当たり前でしょ?)
(…おう、レン!ありがっ…ってぇ!?っにすんだ!)
(ん?毎回毎回モビーをめちゃくちゃにしてくれて、家族、主に船大工さんたちに迷惑かけたエースくんに制裁だけど、何か?)
(ごめんなさい)
(分かればよろしい。これからもよろしくね、お兄ちゃん!)
(お、にぃ…っおう!!)
(!(……太陽、だ…))


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