「すごく良かったよ。これ、連絡先だから」
「・・・ああ」
遠くなっていくスーツを目で追い、男が角を曲がった所で手渡された紙を握り潰した。
確かに、上手いか下手かで言えば断然上手いのだろう、けれども所詮はバイセクシャルというやつか。まるで女にするように耳元で囁かれた甘言たちには反吐が出そうなほどだった。唯一、テクニックがあったのが救いだった。

すでに脚が覚えた帰路を進む。ネオン街から少し歩くと徐々に街灯が減っていく。更に進むと今はシャッターとなったビルの群れ。まるで先ほどのまでいたネオン街との線引きだとでもいうような場所に小さなコンビニがある。
ここのコンビニはビル街にあるせいか比較的、夜の客は少ない。レジの横に設置してあるごみ箱に握り潰した紙を捨て、目的のミネラルウォーターを手にとりレジへと進む。
昼には賑わいを見せるだろうここは、夜は一転、立ち読み客もいなく、商品も前陳してあり、店内は常に綺麗に保たれていた。おかげで今では常連になりつつあった広光であったが店員の顔を覚えるほどではなかった。

「いらっしゃいませ」
満面の笑みと共に投げ掛けられる挨拶に軽く会釈し、ミネラルウォーターをレジに置いたところで、半強制同居人に頼まれていたタバコの銘柄を思い出した。
「・・・これと・・・」
が、しかし。思い出せない。
随分前から吸っていたタバコから最近では、重いものになったのだ。それは分かっているが、最後にそのタバコを買ってから半年は経過している今、とてもじゃないが思い出すことはできない。それにレジの前で悩んでいても迷惑のほかない。
広光が考えていると、おもむろに店員が後ろを向き、数多く並ぶタバコの一つを手に取った。

「あっ」
「こちらでよろしいですか?」

眩しいほどの笑顔とタバコを交互に見やる。
そうだ、確かにそれだった。他のタバコとは違う、渋い赤のパッケージに覚えがあった。

「・・・すまない、ありがとう」
端的に、けれど精一杯の愛想と共に感謝の言葉を口にすると、「常連さんですから」と、これまた笑顔で返された。名札を見れば“燭台切“と印刷されており、自然と横の証明写真に目がいった。思わず、少し上にある顔を見上げた。なるほど、できる人間の表情だ。卑屈ではなく単純にそう思った。

「ありがとうございます、またお越しくださいませ」
背中に投げ掛けられた声の人物に、もう一度だけ会釈し、その日は帰った。




(ねえねえねえねえ聞いてよ鶴丸さんっ)
(おお、おお、おお、おお。なんだ光忠)
(いつもの彼と会話しちゃったんだよっ)
(ん、あー?ああ、あの・・・妙にエロい奴か)
(そういう風に言わないでくれる?!色があるって言って!)
(どっちも変わらんじゃあないか。それで、なんて話したんだ。連絡先でも聞いたか?)
(「すまない、ありがとう」って・・・っわあああ!もうダメ声も好き!!)
(ゾッコンだなあ)


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