▼ 荒んだ行路
ーーー好意というものは、時に自分の首を絞めるものだ。
これは自分の人生の教訓だな。静かにため息をつく。
物事には必ず表と裏があり、それが世間一般で言うところの表裏一体を指すのだと思春期を迎える頃には悟っていたし、事実そうだった。
つまり、それらについて考えざるを得ない状況下にいたということになる。
「・・・・・・・・・」
ふと、浴室の鏡に写る自身を見た。
この顔は、黙っていれば視線が刺さり、笑顔をうかべようものなら男は目を見開く。
そして、言葉を許された皆が口を揃えて言う。綺麗だ、可愛い、と。
女性独特の曲線を強調するかのように成熟した身体は、見る者を掻き立てるものがあるのだろう、伸ばされた手を数えるのは随分と前にやめたほどだった。
鏡越しに見る女のそれは、どれも文句のつけようが無かった。
とはいえ、絶世の美女かと聞かれれば、そういう訳でも無く。
ただ客観的に見てしまえば、きっとバランスのとれた一人の人間なのだろう。つまるところ美人には変わりない。けれども、それは表面上の話にすぎないのである。
鏡に写った身体に、爪をたてる。
耳障りな音が浴室に響くが、そんなものを気にする余裕もなく、ぶつけられてきた言葉を頭のなかで繰り返した。
どうして気に入られるか分かるかしら。
綺麗だね。どこまでなら良いのかな。
あの人は別にあなたの事をみていた訳じゃないの。
好きだよ。可愛い。だから、さ。
良いわね、愛想がいい人は。
あなたみたいに媚び売ってる訳じゃあないのよ。
傷心、それはいつの話だったろうか。
気がつけば、心には暗い靄がかかり理不尽な対人には怒りを覚えるようになり。
それさえも疲れ果てた今、こうして現実を静かに見据える。
諸刃の剣を鞘に納め、使われつづけた盾はひどく脆く。
四方八方から飛んで来る鋭い刃は無防備のままの那智を貫く。
それでも、歩みを止めることなど許されないのだ。
「・・・とんだ行路だよ・・・」
この人生は。
今日も今日とて、いつか報われると信じ、荒れた道を歩きつづける。
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