ボーダーライン
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和成くんとは、一緒に帰るし、手も繋ぐし、ぎゅーってするし、たまにキスもする。
でも、恋人同士じゃない。
「恋人って、なんだろうねえ」
後ろの席の緑間くんに向かって、独り言のように呟いた。
「…高尾のことか」
「…恋人になればさ、ちゅーとかぎゅーとか、それ以上もできるって言うけどさ、恋人同士じゃないのにそういうことしてるわたしたちって、なんなんだろうね」
しかし彼は「知らん」と静かに吐き捨てた。仕方ない、彼の読書の邪魔をやめてそろそろ帰るとするか。時計に目をやれば、既に下校時刻を過ぎていた。
「ねえ、今日部活は?」
「ない。そろそろ高尾が来るだろう。一緒に帰って話を聞いたらどうだ。」
噂のツンデレ真ちゃんとはこのことだろうか。なんだかんだで優しい彼に笑顔を向けて「ありがとう」と零した。
「おーい!no name!一緒に帰ろーぜ!」
そんなとき、彼が教室のドアの前に立った。
「和成くん!帰る準備するからちょっと待ってて!」
「おー。何、真ちゃんとなんか喋ってた?」
「え、あー…」
わたしがどう言おうか悩んでいると、
「大したことではないのだよ。さっさと帰れ。」
おお…フォローしてくれた…緑間くんいい人…なんて、そんなことを考えていた。その時、和成くんがどんな顔をしていたかなんて知らずに。
…
なんだろう…さっきまですごい元気だった和成くんが、急に機嫌が悪く…なんて考えていたら、和成くんが口を開いた
「真ちゃんと随分仲良くなってんのな」
「え?ああ、うん、ちょっとね。相談に乗ってもらってたの」
「へえ、なんか悩みでもあんの?」
「あ、いや、そんな大したことじゃないの!和成くんにとっては、今日の晩ご飯なんだろうレベルの悩みで!」
嘘は言っていない。わたしのこの思いを知らない彼にとっては、きっとそんなものなのだろう。ただ、わたしにとっては、地球滅亡と同じくらいの大きな問題で、だから怖くて、和成くんにこの思いを真っ正面から伝えることなど出来はしないのだ。今のままで十分。友達以上、その関係で十分。
「そうだ、和成くん、あのさ、」
緑間くんに言われたことをふと思い出して彼の方に顔を向けたときだった。
「真ちゃんには言ってなんで俺には言わねえの」
今まで聞いたことがない、低い、怖い声
「和成くん…?」
わたしが声を発したそのとき、背中に衝撃を感じた。
目を開けると、目の前に和成くんがいた。息がかかってしまいそうな距離に。後ろには電柱。これが壁ドンというものか、いや、正確には電柱なので柱ドン?なんて考えている余裕はなく。
ああ、心臓が痛いよ。
「和成くん…?」
「なんで、わかんねえの?」
「俺は、俺にとっては、お前が一番大事なんだぜ?」
「お前の話すことで、どうでもいいもんなんて、ねえのに」
もしかしたら、もしかしたら、和成くんも、わたしと同じ爆弾を抱えているのかな。もしかしたら、
「ごめんね、全部話すね」
思い切って爆弾を和成くんに投げてみた。きみはどんな顔をするかな。
「まずね、わたし、和成くんのこと好きなんだけどね、」
そう零した言葉に、彼は顔を赤くさせてわたしを抱きしめた。あっけなく壊れた関係はきっともう戻ってはこないのだろう。
ボーダーラインのその先は、とても温かい場所だった。
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