血の味のキス
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ケンカをした。
なんてことないことで、ケンカをした。
辰也が無駄にモテるから。
開けたドアをそのままにして、エレベーターに向かって走り出す。
「no name」
後ろの方で私を呼ぶ声が聞こえた。
知らない。あんなやつ、知らない。みんなにいい顔するから。
だから無駄にモテちゃって。
腹立つ。
エレベーターの前に立つ。
しかしなかなか上がって来ない。
「クソ」
エレベーターに小さく蹴りを入れて、階段の方に向かおうと体を翻したときだった。
「no name、待って」
追いつかれちゃったじゃんか、アホエレベーター
「はなして」
気が付いたら抱きしめられていた。
「はなしたら、逃げるだろ?」
「もう顔みたくない」
「おれは、」
しぼり出すような声。
きつく抱きしめられる体。
「ごめん。嫌な思いさせたね。ごめん。」
そしてごめんの繰り返し。
「やだ。許さない。はなして。」
ちょうどそのとき、エレベーターのドアが開いた。辰也を突き飛ばして、エレベーターに飛び乗る。
「辰也なんて、だいっきらい」
そう吐き捨て、ドアを閉じようとボタンに手をかけた。
大きな音がした。
顔を上げると、目の前には辰也がいた。どうやら私は、辰也によって壁に押し付けられていたらしい。
いたいってば
そう言おうと口を開いた瞬間、私の呼吸は止められた。
きらいなんて、言わないで
辰也がそんな顔をするから。
わかってないなこいつって、絡められた舌を軽く噛んでやった。
私がこんなに嫉妬するのも、こんなことするのも、
ぜんぶ、辰也だからなのに
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