夏の足跡
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夏は嫌いだが、終わってしまうとそれはそれで寂しいものがある、とno nameは縁台に座り、足をばたつかせながら憂いていた。
庭に咲いた向日葵も枯れて、残ったのは夏の残骸だけだった。
風も少し冷たい。風がこんなに心地いいものだったことを忘れていたらしい。きっと冬が来たらまた忘れてしまうのだろうけど。
「こんなとこで何をしている。風邪を引くのだよ」
まるで母親のような口ぶりの彼にへらっと笑い、大丈夫だよ、と答える。
「馬鹿め。油断大敵なのだよ。季節の変わり目は風邪を引きやすい。これを足にかけておくといい」
そう言って渡されたのは制服のジャケット。
それでは緑間が風邪引いちゃうのに、と呟くが、何も言わずにわたしの膝にかけてくれた。
「俺はそんなヤワじゃないのだよ。お前と一緒にするな」
素直じゃないなあと内心思いつつ、それを表に出さないようにしてありがとうと呟いた。
「夏、終わっちゃうね」
今年の夏は充実していたように思う。緑間に告白して付き合うことになったのはまだ夏が始まったばかりのころだった。花火大会をしたり、わたしの家で一緒に宿題をしたり、バスケ部の試合を見に行ったり。どの思い出を切り取っても、全てに緑間がいた。それだけ今年の夏には思い入れがあった。その夏が終わる。言葉にできない寂しさを残して。
「花火」
突然顔を上げた緑間は、その言葉を呟く。
え?と聞き直したわたしに向き直り、更に続けた。
「いつだったか、花火をやっただろう。その残りがまだあるはずだが」
彼の真意は分からないが、物置の奥に収納されていた花火の残りを差し出す。
そうそう、この花火も今年使ったものだ。花火大会のあと、わたしが唐突に線香花火をやりたいと言い出したが、線香花火だけ売っているものは残念ながら見つからず、仕方なく花火のセットを買って、その中の線香花火だけを使ったんだった。すっかり忘れてた。
「今からやるのだよ」
こうして、わたしたちの季節外れ気味の花火大会ははじまった。
「楽しいね、緑間」
花火の色はなんとなく秋に合わない気がしたが、楽しければそれでいい。心なしか、緑間も楽しんでいるように見える。
「ねえ緑間、花火を道路に向けるとね、白くなるよ」
「アスファルトが焼けるからだろう」
「見て、字も書ける」
「おい、俺の名前を書くな。個人情報流出なのだよ」
みどりまとアスファルトに残した文字は、そのうち消えてしまうのだろう。だからだろうか、それが夏の足跡のように思えた。
「夏がここにいたって印だよ」
火が消えてすっかり勢いをなくした花火を、水を入れたバケツに沈める。緑間はわたしのその行動を見ながら口を開いた。
「秋は、焼き芋でも作るか…」
「え?」
思いがけない提案に少し驚いたが、夏が終わることを寂しがっているわたしのためのものなのだろう。そう感じ、笑顔に変わる。
「冬は雪合戦がいいね!あとかまくら作りたいな」
「春は花見か。」
「あ、夜桜見てみたい!」
「来年の夏は、」
四季が一週して、また夏が来る。それは当たり前のことだが、私たち二人にとっては特別なことだ。
「来年の夏は、海にでも行くか」
少し時間を置いて紡いだ言葉は、一瞬でわたしを笑顔にさせる。
海。今年は行くことができなかったから尚の事楽しみだ。
「ねえ緑間」
視線はくたびれた向日葵に向けながら、愛しい彼の名を呼ぶ。
「秋がはじまるね」
夏の足跡を落ち葉が撫でた。
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