エレジーを詠む君
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「死んだら、みんなどこに行くんだろうね」
轢かれた猫を見つめながら、彼女はそう言った。悲しそうに、そう言った。
彼女は、死というものに尋常ではない程の恐怖感を抱いている。理由は分からない。しかしとても恐れているのだ。自分の死だけでなく、愛玩動物や自然界で生きている全ての動物や虫などの死をも恐れる。そしてすぐ神様に頼る。
明日も皆が一日安全に過ごせますように
だとか
誰も死にませんように
だとか
本来神に祈るのはこういうことじゃないと、俺は思うのだけれど。
祈りを捧げ、寝ようとしたときだった。
控えめにノックされるドア。
時計はもう12時近くだった。この時間に異性の部屋へ入ることは規則で禁止されているため、きっとバスケ部員か、バスケ部員でない男の友人の誰かだろう、と、息を吐いてドアを開けた。
「氷室、くん」
no nameだった。
「なんでこんな時間にここにいるんだ!早く帰った方がいい」
小声で彼女を諌めると、小さい体を更に縮こませた。
「ごめんなさい、悪いことだって分かってる。でも、どうしても貴方の顔が見たかったの」
小さくため息をつき、彼女の泣きそうな顔を見た。怖い夢でも見たか、何かの死を見てしまったのだろう。ここでこんな状態の彼女を放っておくほど俺も鬼ではない、が規則は規則だ。
「わかったよ。でもここで話はできない。先に共有スペースに行っていてくれ。俺も少ししたらそっちに行くから。」
この時間にここで見つかるよりは刑は軽いだろうと考え、そう告げてからドアを閉める。そして一つの疑問が生まれた。
どうして俺なのだろう。
こんな危険を冒すより、同じ女子寮にいる女の友人に話を聞いてもらった方がいいのに。俺を頼る理由が分からないほど鈍くはないが、どうして彼女はこんな時間に俺のところまで来たのだろう。彼女が死に対して異常なほど恐怖を感じていると知っているのは、俺だけではないのに。
5分ほど時間を置いて共有スペースへ向かうと、小さなソファにはno nameしか座っていなかった。こんな時間だ、ほとんどの生徒は就寝しているのだろう。彼女が座っている隣に腰を落とし、彼女の方を向いて尋ねる。
「どうしたの?」
そう言い終わらないうちに彼女は俺に抱きついてきた。目を見開いて驚くが、彼女が震えていることに気付く。どうやら、相当怖い思いをしたらしい。
「氷室くんがね、死んじゃう夢を見たの」
何とも不吉な夢だ。そして彼女は、ほんとに死んでないか確認したくて、と付け足し、そのおかげで先ほどの謎の真相を理解することができた。
「大丈夫、俺はここにいるから」
「うん」
「いきなり消えたりしないよ」
「…」
返事が聞こえない。どうしたのかと顔をのぞき込むと、彼女は静かに泣いていた。時間帯を気にしてのことだろう。必死に口を両手で塞いで泣いていた。
「どうしたの?」
「それは嘘だよ氷室くん」
「…?」
「だって、だって、死ぬっていうことは、いきなり、いなくなってしまうということ、でしょう?」
わたしは、あなたがいきなりいなくなってしまうなんていやだ
小声でそう付け足すと、また俺の胸板に顔を押し付けて泣いた。
そんな彼女が、儚くて愛しい存在に思えたのは、何故だったのだろうか。
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