Vega and Altair
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「ねえ真ちゃん」
「真ちゃんと呼ぶな。高尾を連想させる。」
「今日はね、七夕なんだよ」
「ああ、知っている。おは朝で特集をやっていた。」
「だからね、天の川見に行こう!」
「…は?」
彼女がそう言い出したのは、日曜日の正午頃のことだった。
「着いたよー!山ー!」
偶然の一致と言うべきか、今日は部活が久しぶりにオフだった。俺の家の車を使い、二人は某県の自然豊かな場所へとたどり着いた。
「星見えないねー」
「当たり前なのだよ…まだ日が出てるからな…」
ため息と一緒に吐き出したその言葉はno nameの耳に届くことはなく、はしゃぎ出した彼女を見て再びため息を零した。
「明日は学校だから泊まることはできん。分かっているか。」
「え、でももう期末終わったし、明日は講演会でしょ?行かなくってもだいじょぶだって!」
「俺は部活があるのだよ!まったく…9時には迎えの車が来る。いいな。」
「車?チャリアカー?」
「…そんなことあるわけないだろう…」
何度目かのため息を零した。
日が暮れるまで、数え切れないほどため息を零した。いきなり山に登ると言い出したり、キャンプやりたいと言い出したり。もちろんすべて却下したわけだが。
昔から、いつもそうだった。
こいつが持ってくる無理難題を、幾度となく処理させられるハメになった。何度も苦労をかけさせられても、懲りずに関わり続ける俺も俺だが。
まあ簡単に言ってしまうと、俺はno nameが好きなのだ。たくさん友人がいる中で俺を頼ってくるのは、嫌だが嫌ではないのだ。素直に嬉しいとは言えない。しかし、何故だか彼女の顔を見ていると、そんなことどうでもよくなってしまうのだ。だから罹りたくなかったのだ。こんな恋の病などという恐ろしい病気に。
「ねえ真ちゃん、星まだー?」
「もうすぐ6時半だ。そろそろだろう。」
しかし、まだ天の川と言えるような星は見えない。調べてみると、深夜0時頃によく見えるというではないか。あと約5時間半。俺は目眩を覚えた。そして、事前にきちんと調べなかった自分を恨んだ。
「んー5時間半かーじゃあおしゃべりしよ!」
「は?」
それを伝えた途端no nameが吐き出した言葉に俺は目を見開いた。
「しょ、正気か」
「んーだって最近真ちゃん部活で忙しくてあんま構ってくれないじゃん?いっぱい喋りたいことあるんだもん。」
そう言われてしまうとやはり嬉しい。
気持ちを伝える気はさらさらないが、no nameの中で俺は特別な存在だということが認識できて、嬉しい。
そんな照れを隠すように眼鏡を中指で押し上げると、no nameは鈴のような声を鳴らして笑った。
「ねえ真ちゃん」
「なんだ」
「流れ星に、何お願いする?」
「なんだ急に」
「だって見て、星が綺麗だよ」
答えになってない答えにため息をつくが、空を見上げれば星がすでに煌めいていた。都内ではこんなに見ることがおそらくできないだろう。ここに来てよかった、と星を見ながら思った。
「もうそんな時間になったのだな」
「ねー。で、何お願いするの?」
「まだ決めていない。そんなお前はどうなのだよ」
「んー内緒」
no nameの方を見ると、俺を見つめたまま微笑を浮かべていた。
「な、なんだ」
俺が聞いても何も言わずに笑うだけ。
「no name?」
名前を呼んだ直後だった。no nameは俺の手を掴み、後ろの芝生に向かって手を引っ張る。
「…?!」
「どーん!」
そのまま後ろへ倒れ込んだ二人を芝生は優しく包んだ。
「いっ、いきなり何をするのだよ!」
「気持ちいいねー」
噛み合わない会話に眉間にしわを寄せる。
それでもno nameは口を開いた。
そのまま時を忘れて、星空の下でどうでもいい内容の会話をした。
「あれ、今何時?」
会話が途切れた瞬間、no nameは思い出したかのように時計に目をやる。
「あっ!真太郎、もうすぐ12時!」
その言葉に耳を疑った。
9時ではなく1時ころに車を寄越すように連絡したので、時間を気にしなくなったが、この俺がno nameとの会話を5時間半も楽しんだとは。
らしくない。まったく。調子が狂う。
「わぁ、星、綺麗だよ真太郎」
いつのまにか呼び方が真太郎に変わり、5時間半前に繋がれた手はそのままだ。なんだか急に恥ずかしくなった気もしなくない。
気を紛らわそうと空に目を向けると、綺麗、としか言い様がないような星空が広がっていた。
「夏は星が見えづらいと思っていたのだがな」
「あっ、流れ星!」
ぶつぶつとお経のように願い事を言うno nameが滑稽で、息を噴き出す。
「あーあ、3回間に合わなかった…」
「お前は願い事が多すぎるのだよ。まず自分で叶えられるかどうか検討すべきだろう」
「んー…」
悩んだ素振りを見せたあと、俺の方を向いたno nameの頬が、気のせいか赤い。
「じゃあ真太郎、私だけの彦星さまになって?」
唖然とする俺を見ながらno nameは、手を握る力を強めた。
「ぶっ…」
思わず笑い出した俺は、笑い声を押し殺してはいるが、その声はおそらくno nameに届いているだろう。
「ね、ちょ、なんで笑ってんの!」
ひとしきり笑ったところで、no nameを抱きしめる。
「ああ、なってやろう。お前だけの…彦星…に」
「ねえ今笑いそうになったでしょ」
「なってない」
「なった!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ俺たち二人のもとに到着した車。
もうタイムアップのようだ。
「天の川、綺麗だったね」
「ああ」
「また来年も、来られるといいね」
「デートとしてだったら、一緒に行ってららなくもないのだよ」
「…素直じゃないんだから」
手を繋いで、車に乗り込む。
車の窓に映り込んだ天の川を手でなぞって、ドアを閉めた。
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