アナタホリック
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寝ぼけ眼をこすりながらベッドから足を降ろすと、ひんやりとした床がそれを包んだ。余りの冷たさに、わたしは目を覚ます。
「起きたのか」
そう言って、温かいコーヒーを渡してくれるわたしの「友人」は、わたしにはもったいない程完璧だった。猫舌なわたしのために温くしてくれたそれに口を付ける。独特の苦さとカフェインが寝起きのわたしには丁度良かった。
さて、先ほども説明したように、緑頭の彼はわたしの「友人」だ。彼の部屋のベッドで一緒に寝ていたが付き合っているというわけではない。もちろん、セフレとかいうやましい関係でもない。実際、ベッドの中では何も起きてはいない。ただ彼がわたしを抱き枕にして寝ていただけだ。しかし彼以外のわたしの友人は理解してくれない、というのが最近の悩みだ。ただ、理解してくれないからといって彼と距離を置くつもりは毛頭ない。わたしは緑間依存症だからだ。そして彼もきっとわたしに依存している。所謂、共依存という関係だ。本当は良くない関係なのかもしれない。こんな状態ではいつまで経っても自立できないし、大学、そして就職という分岐点で離れなければならないこともあるだろう。しかしわたしは彼と離れることがどうしてもできなかった。それはきっと、どこかに友情以外の感情が自己主張しているせいもあるだろう。ただわたしはそれを見ないようにしている。今の関係を壊したくなかったから。
「今日は何をして過ごそうか。」
ゆらゆらと揺れるコーヒーに自分の顔を映しながら彼に問う。わたしはずっと部屋に閉じこもっていたいが、彼にとっては滅多にないオフの日だ。おは朝占いのラッキーアイテム集めでも手伝ってやろうか、そう思った時、緑間が口を開いた。
「今日は、ずっとお前とこうしていたいのだよ。」
わたしの肩にもたれかかってくる彼に苦笑する。わたしと考えていることが一緒ではないかと。
「仕方ないなあ…じゃあ二度寝しちゃおうか。」
嬉しさを出来るだけ表に出さないように言葉を発するが、どうしても上がってしまう口角に触れ、また苦笑した。
まだ少し温かい布団に二人して潜る。眠気はもうすでに飛んでしまっていたが、心地良いのでそのままベッドに身を任せた。冷えてしまった足を緑間の足の間に入れて温める。一瞬嫌な顔を浮かべた緑間に申し訳ないと思いつつも、これはどうも小さい頃からやめられない癖だ。許して。
緑間のおかげで足も温まってきたころ、緑間は呟くように言葉を零した。
「この間、高尾が、俺たちは付き合っているのかと、聞いてきた。」
「ほう。それで緑間はなんて答えたの?」
わたしの腰に手を回しながら彼は眼鏡を外して、再度言葉を零す。今度はまるで割れ物を扱うかのように、丁寧だった。
「わからない、と、答えた。」
わたしは驚いた。今まではずっと「友人」としてきたではないか。突然気持ちが変わってしまったのか。不安や疑問が、溢れ出す。しかし恐怖からか、声が出ない。
「お前にとって俺は、友人か?」
いつも周囲から聞かれる質問を彼の口から聞く日が来るなんて、思ってもみなかった。いつもだったら軽く流せるのに、気安く「友人」だと返せば彼が離れてゆく気がした。
しばらく返答がない理由を感じ取ってか、彼はわたしの目を見て話し始める。
「俺は、高尾にそう聞かれて考えたのだ。俺がお前に依存している理由を。その根底にある感情が何なのかを。俺は考えた。」
彼がわたしを抱きしめる力が少し強くなる。ああ、もっとそうして。わたしとあなたを一つにしてしまって。
「俺は、ずっと、お前は友人だと思っていたのだよ。」
前置きが長いよ緑間。結局はわたしとどうしたいの?服を掴んで、続きを促した。
「好きだ」
不安の中に落とされたその一言は、飲み込まれることなく漂った。好き?唐突に落とされたそれを理解するのに時間はかからなかった。ただ、手を伸ばすことはできなかった。
「俺の中心は、no nameだったのだよ。」
ぐらり、と、わたしの心が傾く。ああ、だめだ。落ちてしまう。ずっと恐れていた海の中に。
「…わたし、は、」
ゆっくりと紡いだその言葉は少し震えていた。緑間の目を見るのを止め、俯く。どこかで気付いていた。彼がわたしに恋愛感情を抱いているということを。でなければただの女友達を家に入れたりしないだろうし、一緒にベッドで寝ることもない。知っていた。知らないふりをしていた。自分から聞こえるこの声にも。
「わたしは、緑間がいないと生きていけないよ。」
わたしの、精一杯の言葉。抱きしめ返して、彼の頬にキスを落とした。その瞬間、わたしは息ができなくなった。
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