あと10センチ
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きみとの距離10センチ
近くて遠い10センチ
気のせいかもしれない。
気のせいじゃないかもしれない。
彼は、わたしを避けている。
少し前までは、こんなではなかった。
仲が良い友達。
わたしの中での彼はそのように位置づけされていた。
彼にとってのわたしの存在はどのようなものかは知らないが、決して悪くはなかったように思う。
それに、理由も分からなくはない。中学生にありがちな、仲が良い男女を冷やかすあれだろう。わたしは特に気にしてはいなかった。彼も気にしない人だと思っていたのだが、わたしの考えが正しいとすれば、それは勘違いだということになる。
最近、話さないなあ
何故わたしがここまで落ち込まなくてはいけないのか。理由は簡単だ。わたしが彼に恋をしているからだ。
最初は仲が良い友達だったが…という展開はありがちで全くもって面白味がないのだが、わたしはまさにそのパターンだった。困ったときは助けてくれる。話しかければ優しく応えてくれる。そんな彼に落ちるのは、難しいことではなかった。
「赤司くん、おはよう」
「…ああ、おはよう」
目も合わさずに返される挨拶は、口調もどこか冷たい。
ああ、なんてあっさり嫌われてしまったのだろう。悲しみを隠して笑顔を貼り付けても、彼は一瞥もくれず通り過ぎる。
痛いなあ
じくじくと痛み出した心を押さえながら、わたしはその場に座り込んだ。
一日、一日と過ぎるごとに 、彼との距離が離れていっている気がするんだ。その度わたしは笑顔を作る。彼に近づこうと必死に。しかし彼は離れてゆく。今日は昨日よりも心の距離が10センチ離れた。そして明日もきっとそう。いつかは、ただの顔見知りになってしまうのだろう。それが怖くて、でも何もできなくて、今日も一筋の涙を流した。
今の季節は冬。外は凍えるように寒い。
かつては帝光中男子バスケ部のマネージャーだったわたしも、今は引退をして受験勉強に励んでいた。わたしと彼を結びつけていた部活の時間も、今はないに等しい。いい機会だ。もう、赤司くんのことは考えないようにしよう。そう考えても、やはりわたしの中は赤司くんのことでいっぱいだった。
今日は初雪が降った。
薄っすらとアスファルトに積もった雪に足跡をつけて歩く。まだ引退していなかったときは、みんなでこうしながら帰ったなあ、そう思い出しながら。
しかし、今はひとりぼっちだった。あのときの時間がずっと昔のように感じる。
傘を閉じて、その場に座り込む。
小さい頃から、悲しいことがあるとすぐこうしていたものだ。最近は回数が増えた気がする。雪が体を冷やす。今はそれが心地よく感じた。
雪が止んだ。
上を見上げれば、赤い髪の彼と、わたしの上にさされている傘が目に入った。
「あ、かしくん」
「何をしてるんだ、風邪を引く」
そう言ってわたしを立ち上がらせる彼の目に、いつもの冷たさはない。いつもの赤司くんだ、そう感じ、泣きそうになる。
「家まで送ろう」
そう笑う彼について歩き出した。
「雪、だね」
「ああ。涼太なんかは喜んで外に出て駆け回りそうだな。」
犬みたい、と笑うと、 彼も目を細めて笑う。
どうして彼はわたしを家まで送ると言い出したのか。理由は分からない。でも、離れていた私たちの距離が一気に縮まった気がした。
「すき」
言うなら今しかない。
これからはきっと、受験で忙しくなる。
言うなら今しかない。
距離が縮まった今しか!
彼の服を掴もうと手を伸ばす。
心臓がうるさい。
覚悟を決めた、時だった。
「着いたぞ」
彼の声に驚き顔を上げると、自分の家が見える。家に着いてしまったのだと分かった。
「じゃあな。勉強がんばれ。」
そう優しく声をかけてくれる彼に、涙を堪えながら手を振ってさよならを口にした。
言えなかった。
そしてわたしはまた座り込んだ。
冬が過ぎて、春が来た。
受験も終わり、無事に都内の高校に合格することができた。
そして今日は卒業式だ。
バスケ部の面々も無事高校が決まったらしい。涼太は離れるの嫌っス〜なんて、鼻水を出して泣いていた。
結局、わたしは想いを伝えることが出来なかった。あの雪の日の後も特に何もなく、彼と会うこともなかった。風の噂で、彼は京都の高校に進学すると聞いた。きっと、この先も会うことがないのだろう。叶わなかったわたしの片想いとして、大事にしまっておこう。
「no nameっち」
名前を呼ばれ振り返ると、涼太が立っていた。目が充血していて、さっきまで大号泣していたんだな、と小さく笑った。
「卒業おめでとう」
「いいんスか?」
噛み合わない会話に首を傾げると、涼太は鼻をすすりながら続けた。
「赤司っちのことっスよ」
突然出てきた片想いの相手の名前に驚くが、すぐに笑みに変え、口を開く。
「もう、いいの。たくさんあったチャンスをものに出来なかった。もう遅いの。」
「赤司っちは、待ってるっスよ。」
「そんなはずない。わたしの片想いだもの。」
「気付いてなかったっスか?赤司っちはno nameの前でだけ、嬉しそうに笑うんスよ。」
そんなはずない。
じゃあなんで、わたしを避けていたの。
そんなこと、どうでもよくなっていた。
足が勝手に動いた。
「赤司くん!」
彼の背中を見つけて、叫ぶ。
「好き!」
彼との距離、10センチ
あなたの返事一つで、埋めるから
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