庭球夢短編 | ナノ
dandelion near mole



俺にとってお日様は大きな存在。
暗いのや鬱々したのはイヤ。だけど、明るすぎたり暑すぎたりするのも逆になんか怖いから苦手。ちょうどいい温もりと陽射しが愛しい。日溜まりにいると優しく包まれてるみたいで安心する―――



ぽかぽかな日溜まりが好き。
やわらかい陽射しが好き。
あたたかい温もりが好き。

そして、明るくて楽しいのが大好き。


……なんだけどなぁ。
どうしてかな?最近全く正反対なものが気に掛かる。



「……んぅ、あー?」



湿った土の匂いだ…。
鼻を擽った匂いに引っ張られるように俺は夢の世界から日常に戻ってきた。
今、何時?
疑問に思って上体を起こし、辺りを見渡しても、校舎裏であるこんなところに時計なんてあるわけない。
太陽がまだ高いから、部活まではまだまだだと思うけど…。確実にお昼は過ぎてる気がする。俺の体内時計がそう言ってる。
朝練に出て、亮に引き摺られてHRに出て、1時間目は受けて、2時間目に昼寝しようと教室出てここに寝っ転がって……、そっからの記憶がないや。



「お腹空いたCー」



一度目が覚めてしまえば今まで意識しなかった空腹感がいきなり押し寄せて来るもので、なんか空しくなってしまった。
起こしていた上半身を再び草の上に横たえれば、爽やかに薫る青草の匂い。

校舎裏にある大きな木の下。日光が豊かな木葉で遮られてちょうどいい木漏れ日になる場所。風が校舎に沿って穏やかに吹く場所。
俺のお気に入りの場所。
だからかいつも寝過ごしてしまう。
こんなふうにお昼御飯を食いっぱぐれることもしばしば。
仕方がないからちょっとだけ草食べてみようかとも思い、口を開けるけど、そういえばこの間会ったとき「お前!ちゃんとした食い物以外腹減ってるからって食うな!ったく、俺でもしねぇっつーの…。あと、ちゃんとした食べ物でも落ちてる物は食うなよ!!」と丸井くんに言われたのを思い出して、口を勢いよく閉じた。丸井くんに言われたことだもん、ちゃんと守んないとダメだC。

草の匂いを胸一杯に吸い込んでも、お腹が一杯になる訳じゃない。なんだか切なEー!!
更に空気を吸い込んでみれば、青い匂いの中に僅かに混ざる湿気を帯びた匂い。その匂いにガバッと起き上がる。
今自分がいる場所は陽も風も適度に与えられる場所だから、こんな湿った匂いはしない。ならば考えられるのは、……大木から5メートルぐらい歩いたトコロ、校舎の角を曲がって拓けている場所。そこはどの方角からも校舎の影になっているから、お日様が当たらずずっと日陰になっている。
寝ぼけてまだしっかりと働かない頭を動かして、そこへ向かってゆったりと歩いていく。

俺はお日様が大好きで、明るいのや、楽しいのがだーい好き。
だから暗いのや、じめじめしたのはそんな好きじゃないC、…というか苦手だCー、むしろ嫌いなんだけど、最近ちょっと面白いものを見つけたから、自然と足がそちらへ向いてしまう。
校舎の角から顔を出して向こう側を見れば、やっぱりいた。



「やっぱりもぐらちゃんだぁ〜」

「…たんぽぽくん」



影になって薄暗い校舎の裏側、そこにはひとりの少女。おしりは着けずに座っていたその体勢から、顔だけをこちらに向ける。
前髪は目を隠すほど長いし、スカートだって膝下で今時そんなのかける人いないと断言できるような極太の黒縁眼鏡。
優等生というよりも、見るからに根暗で地味な印象を受ける。周りの薄暗い雰囲気に溶け込んでいて、ここが住みかなの?と言いたくなるぐらい校舎裏のそのじめじめ鬱々とした空気と少女の纏うものは合っていた。



「じめーとした土の匂いがしたから絶対もぐらちゃんだと思ったぁ」

「……なにそれ」



数ヵ月ほど前から、自分が寝ている場所から程近い湿った場所に彼女はよくいるのでなんとなく顔見知りになった。
前に一度「どうしていつも俺の傍にいるの?」と聞いたら、「あなたが私のいる所の近くにいるんでしょ?」と切り返されたことがある。

え〜ぇ、俺はその時その時一番温かくて涼しくて寝やすいトコロにいるだけだC、私だって自分が落ち着く所にいるだけだよ、こんなじめじめしたトコが落ち着くの?、うん、ふーんなんかもぐらみたいだねぇ、そういうあなたはなんかたんぽぽみたいだよね。その後にこんな会話が続いたものだから俺達は互いの事を『もぐらちゃん』『たんぽぽくん』と呼ぶようになった。本名は知らない。相手の学年さえわかんない。けど、俺は3年生だから相手が何年生であろうとタメか年下、なので敬語は使ってない。多分もぐらちゃんもそんな感じでため口なのかな?って考えると、もぐらちゃんは3年生なのかもしれない。
こんな相手の事を全く知らない穏やかな、だけどちょっとドラマや漫画みたいなワクワク感を纏ったこの関係が俺は面白かったりする。



「ねぇ、今何時ー?」

「…時計持ってないの?」

「持ったことがないねぇ」

「…携帯は?」

「んー、教室の鞄ん中」



多分、携帯には亮や岳人からのメールや着歴がたくさん残ってんだろーなー。いつもそうだC。



「…今はもうすぐ5時間目が終わるところ」

「あれ?授業中?」



俺の体内時計が主張する通り、もう昼は過ぎていた。
けど授業中なんて予想外。なら、



「もぐらちゃんもサボり?」

「失礼な。私は美術の授業、風景画の作成。好きな景色を描いてくるように課題が出たからここでずっと描いてただけだよ」

「そうなんだ」



もぐらちゃんの隣に同じ様に腰を落ち着けてみる。だけど、もぐらちゃんはすっぽりと校舎の影になっている部分、俺はギリギリ日光が当たってる場所。俺ともぐらちゃんの間でくっきりと明暗のラインが引かれて世界が別れている。
俺達は互いに相手の領域に踏み込んだことはない。なんとなく、始めて会ったときから越えてはいけない、侵入しちゃいけないというのを感じ取ったから。

俺の中ではもぐらちゃんの匂いとして定着している湿った匂いが鼻を通って肺を満たす。前まではこの湿気の暗くて陰湿な気配を感じるだけで眉間に皺が寄っていたのに、この匂いをこんなに胸一杯吸い込んで、しかもそれがなんか嬉しいだなんて不思議。



「ねぇ、もぐらちゃんは何の絵描いてたの?」

「あれ」



美術の課題は、好きな景色、らしい。
俺が嫌いなものを落ち着くというもぐらちゃんが好む景色が気になったから素直に尋ねた。他人に詮索されるのが苦手っぽい子だからはぐらかされるか流されるかな?と勝手に思っていたけど、もぐらちゃんは素直にその眼に写してキャンパスに残したいと思った画を俺に指差して教えてくれた。

日に焼けることをおそらく知らないその白い指が示す先、そこには先日降った雨で出来た水溜まり。
校舎の角にあるそれは半分は日に当たっていて、半分は水面に黒い影を映している。けど、周りのきれいに明暗が分かれている地面と違って、その水溜まりの境目は揺らいでいるし、普通なら影で黒く染まっている部分も明るかった。影のラインが地面に引かれている線より少し陰の世界に寄っていたのだった。それは、水の光屈折とかが関係あるのかも知れなかったけどそんな小難しいことは抜きにして、単純に、陰に自分を主張したまま一歩踏み出した光の朧なその世界に魅入った。

そよ風が吹いて、水鏡の光と影の世界が混ざる。その光景は混ざるというよりも融けると入った方がいいような感じ。



「すげぇ。なんか、凄E…」

「私も、そう思った…」



相反するものがひとつになるそれが。
しばらくすると水面は凪いで、世界は落ち着く。明るさが一歩、暗さに歩み寄っている図が安定して写し出される。



「きっとさ、」



水溜まりを見て、心が感じ取ったことを頭で考えるのではなく、思い浮かんだことをただ紡いでいく。
思考することもなく出てくる言葉だから俺からしても半無意識的なもの。だけど、もぐらちゃんはしっかりと俺を見て、受け留めてくれようと顔を上げてこっちを見てくれた。
顔は影になってよく見えないし、その上長い前髪がカーテンのようになって眼でさえも見えない。けど、隣にいるこの子がしっかりと目を合わせてくれてるのがわかる。

根暗で、地味で、陰気で、後ろ向きで、引きこもりがちな子だけど……、一言で言えばいい子なんだよね。
だから、俺もあの水溜まりに縁取られた世界のように1歩踏み出してみたいと思った。
初めて明暗分け隔てるボーダーラインを越えてみたいと思った。
そして腕一本分、俺の身体が影に染まる。互いに地面に投げ出していた手の小指と小指が触れる。初めて触れた彼女の手は予想以上に冷たい。



「光と影って、まったく反対のものだけど、融けてひとつにもなれて」

「うん」

「けど普段はこんなにはっきり別れてて」

「うん」

「けどけど、絶対に一緒にいるんだC。一番、傍にいるんだ…」



例えて言うなら、卵の黄身と白身みたいな?
全然違うものなのに、ふたつでひとつのもので、必ず隣に互いがいて、それでいて、混ざり合えばふたつでひとつにもなれる。
いい例えが思い浮かばないけど……。もうちょっと国語真面目に受けとくんだった。そういえば今日の5時間目って国語じゃなかったっけ?って、今はそんなのどうでもE!


多分、光と影って表と裏。紙一重で違う存在で表裏一体。
俺が、光が優しく当たって落ち着く場所を探したら、いつも近くに和やかで肩肘張らずに力を抜ける日陰を求めるもぐらちゃんがいるのも、それに似てるんじゃないのかな?
明るさと暗さって、ホントにふたつでひとつ。
別個の性質なのに、近くに在って似ている存在。



「なんか、そういうのって、いい」

「……もぐらちゃんは、なんでこんな湿って暗い場所が落ち着くの?」



俺の幼稚でわけわかんない見解に同意を示してくれた。そしてその顔はうっすら微笑んでいる。数えるぐらいしか見たことがない自然体の笑顔。それを目に捉えてしまったら、前に一度聞いてばっさり切られてしまった質問を言葉にしていた。
もぐらちゃんと出会ってからの俺の最大の疑問。



「優しいから」

「優Cー?」

「…私にとってお日様は眩しすぎて、怖いから。こういうちょっと暗いのが落ち着く。暗すぎるのは逆に恐いけど、日陰にいると優しく包まれてるみたいで穏やかな気持ちになれるの」



ドクン、と何かが体内で弾けた。跳ねたとかそんな可愛いものじゃない。爆ぜた、何かが鼓動と一緒に爆ぜた。



「俺も、同じ」

「…何が?」

「俺が日溜まり好きなのも、おんなじ理由ってこと」

「そっか」



もぐらちゃんと会って、最初は口も利いてくれなかったし、話しかけないで構わないでって全身で拒絶された。けど、何でかな?すごく興味をもった。
一緒にいるとなんか暗くなっちゃったり、喋ってると自分のネガティブな面が顔を出したりするけど、けどけどけど!昼寝から目が覚めるともぐらちゃんを探してる自分がいる。


それは多分、自分と似てるからだったんだ。


俺は明るいのが好きだけど、明るすぎるのは嫌でちょっと影が混ざる日溜まりが好き。
もぐらちゃんは暗いのが好きだけど、暗すぎるのは怖くてちょっと光の掛かる日陰が好き。

互いが互いに陰陽隔てられた自分の世界に浸ってるのに、相手の性質を求めてたんだ。
そして今、俺はもぐらちゃん自身をもっと求めてる。赤ちゃんがお母さんを求めるみたいに、単純に純粋に直球に。
思わず、手を握る。



「ねぇもぐらちゃん」

「……何?」

「名前教えてよ、本名。あとクラス」



今度は近くにあるのを見つけるんじゃなくて、自分から探しに行くよ。





dandelion near mole

(光に当たって眠る蒲公英、暗闇で生活する土竜)
(遠いけど近い、それ以上に違うのに似通っている相手)








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企画『逆に』様に参加させていただきました。初めてジロー夢書きましたが、この子難しい!!
私が書く文って、いつも雰囲気文になってしまう…。
好きなタイプと真逆なのに好きになるってどんなのなんだろ、と考えて、自分に近い(波長が合う)ってことかな?と思ったのでそんな感じで書かせていただきました^^


主催者様、ありがとうございました。