Thought
呼吸器官半壊、胃袋全摘。ヒーローとしての活動時間の超縮小。
以前に対峙したヴィランとの戦いでそれだけの代償を負って、なおオールマイトは正義と平和の象徴として立ち続けている。
「君のことだから、他言はしないだろうが」
できますか、そんなの。できるわけがないでしょう。
存外信用されているんだな、とようやく動き始めた頭で自覚する。
本当の姿を明かしたその人が、とつとつと近づいてくる。
「これからも、よろしく頼むよ」
「…………は、い」
差し出された手を拒むことが、どうしてできるというのだろう。
仕事の話だ。私情じゃない。私は彼に、仕事の話を掘り下げられているんだ。
感情を置いてけぼりにしたまま、ほっそりとした手を握り返した。
そのあとにまた教えられたことなのだが、オールマイトさんの本名は八木俊典というそうな。平凡な名前だ。どこにでもいそうな、人の名前だ。
この日、私の中で初めて平和の象徴が人間になった。
家に帰って残りは寝るだけ、となっても脳裡は晴れており眼も冴えている。
当然だ。今夜のことは、早々に知っていいような衝撃じゃあなかった。分かりやすく言えば、預かった真実に私はショックを受けたのだ。
布団に寝転がり、天井を見つめる。
……あれが、誰もが知る英雄の本当。
思い直せば、ようやく心が記憶に沁みだしてくる。腹の奥がうずうずした。明日になれば、きっと胃痛が追って来る。
声にこそ出さないが、この感覚を言葉にするのは簡単だ。私は彼の真実に率直「嫌だな」と思ったのだ。
分かり切っていたこと以上の現実。自己犠牲心の強さを見せつけられて、落ち着いた今になってやっと顔をしかめることができる。そのはずなのに、表情が抜け落ちたみたいに眉根を動かす気になれない。
正直な嫌悪で一蹴するには、私の立場はあまりにも英雄に近い。……職場的な意味で。だって秘書だもん。この一年真っ向からあの人の働きを見て、そしてできうる範囲で手伝ってきたつもりだ。
だから、なんだ。私は、オールマイトの自己犠牲を嫌いになりきれない。嫌いになってはいけないし、嫌いになれないのだと思う。……上手く、言葉にできない。
……疲れた。
もとより、普段から他人のことなんてさして考えない日常を送っているのだ。上司に気持ちを割くのは、疲れる。こと今回は凄まじく重い。
あまり、考えないようにしよう。そうすれば肯定も否定もせずに済む。私情を挟む必要なんてないのだ。これは、仕事の延長にある思考なのだから。
この夜のことは、私の仕事上私に深く食い込むような錯覚があるだけで、私個人には全然関係のない話だ。
そう思うと、少しは気持ちが楽になった。深呼吸をして目を閉じる。
そういえば私は、逃げ出したいとは考えないんだな。ふかんして気づいた。
やぁ、まぁ……なんだ。仕事が、いやになったわけじゃない。呆然とすることではあっても、耐え切れません辞めますと言い切るほどじあゃない。
私は……要するに、上司を心配しているんだ。そういうことである。
支えよう、支えたいなんて献身的な思いはない。が、あれだけの体になっても働き続けるというのなら、部下としてあの人が少しでも楽ができるように、頑張らねばならないなぁとぼんやり決意した。身を削らない範囲で頑張ります。あー、宝くじ当たらないかな。
20170623
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