ひぐらし | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

Thought

 呼吸器官半壊、胃袋全摘。ヒーローとしての活動時間の超縮小。
 以前に対峙したヴィランとの戦いでそれだけの代償を負って、なおオールマイトは正義と平和の象徴として立ち続けている。

「君のことだから、他言はしないだろうが」

 できますか、そんなの。できるわけがないでしょう。
 存外信用されているんだな、とようやく動き始めた頭で自覚する。
 本当の姿を明かしたその人が、とつとつと近づいてくる。

「これからも、よろしく頼むよ」
「…………は、い」

 差し出された手を拒むことが、どうしてできるというのだろう。
 仕事の話だ。私情じゃない。私は彼に、仕事の話を掘り下げられているんだ。
 感情を置いてけぼりにしたまま、ほっそりとした手を握り返した。
 そのあとにまた教えられたことなのだが、オールマイトさんの本名は八木俊典というそうな。平凡な名前だ。どこにでもいそうな、人の名前だ。
 この日、私の中で初めて平和の象徴が人間になった。











 家に帰って残りは寝るだけ、となっても脳裡は晴れており眼も冴えている。
 当然だ。今夜のことは、早々に知っていいような衝撃じゃあなかった。分かりやすく言えば、預かった真実に私はショックを受けたのだ。
 布団に寝転がり、天井を見つめる。
 ……あれが、誰もが知る英雄の本当。
 思い直せば、ようやく心が記憶に沁みだしてくる。腹の奥がうずうずした。明日になれば、きっと胃痛が追って来る。
 声にこそ出さないが、この感覚を言葉にするのは簡単だ。私は彼の真実に率直「嫌だな」と思ったのだ。
 分かり切っていたこと以上の現実。自己犠牲心の強さを見せつけられて、落ち着いた今になってやっと顔をしかめることができる。そのはずなのに、表情が抜け落ちたみたいに眉根を動かす気になれない。
 正直な嫌悪で一蹴するには、私の立場はあまりにも英雄に近い。……職場的な意味で。だって秘書だもん。この一年真っ向からあの人の働きを見て、そしてできうる範囲で手伝ってきたつもりだ。
 だから、なんだ。私は、オールマイトの自己犠牲を嫌いになりきれない。嫌いになってはいけないし、嫌いになれないのだと思う。……上手く、言葉にできない。
 ……疲れた。
 もとより、普段から他人のことなんてさして考えない日常を送っているのだ。上司に気持ちを割くのは、疲れる。こと今回は凄まじく重い。
 あまり、考えないようにしよう。そうすれば肯定も否定もせずに済む。私情を挟む必要なんてないのだ。これは、仕事の延長にある思考なのだから。
 この夜のことは、私の仕事上私に深く食い込むような錯覚があるだけで、私個人には全然関係のない話だ。
 そう思うと、少しは気持ちが楽になった。深呼吸をして目を閉じる。
 そういえば私は、逃げ出したいとは考えないんだな。ふかんして気づいた。
 やぁ、まぁ……なんだ。仕事が、いやになったわけじゃない。呆然とすることではあっても、耐え切れません辞めますと言い切るほどじあゃない。
 私は……要するに、上司を心配しているんだ。そういうことである。
 支えよう、支えたいなんて献身的な思いはない。が、あれだけの体になっても働き続けるというのなら、部下としてあの人が少しでも楽ができるように、頑張らねばならないなぁとぼんやり決意した。身を削らない範囲で頑張ります。あー、宝くじ当たらないかな。


20170623


表紙に戻る

top