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願わくは

 第五区間に戻りドックに立ち寄る。
 羅針盤時計の力で形を成したばかりの明石は、一清を視界に認めると笑みを弾けさせた。
 彼女だけでなく、間宮と大淀も実体を持ったままにさせている。この三人娘は電たちと違い、出会ったその時から一清には好意的だった。
 聞くに、羅針盤時計の力を介して提督の手助けをおこなう彼女らの記憶は、その所持者が変わるたびにリセットされるらしい。

「提督! ちょうど三人の修復が終わったところです」

 ちょっと待っててください、と言われて大人しく突っ立っておく。やがてやって来た電たち三人は、演習で負けたことを気にしているのか、皆一様に沈んだ面持ちをしていた。
 電と古鷹は申し訳なさそうに俯いている。霞は不機嫌そうに唇を尖らせていた。

「て、提督。その……」

 祈るように手を組み合わせ、古鷹は指揮官に向ける言葉を捜している。

「…………気にするな」

 沈黙の中、響いた低音はやけに大きく聞こえた。
 古鷹と電が視線を一清に跳ねさせ、霞もじとりと司令官を見る。

「次はもっとうまく指示する」

 一清なりのねぎらいの言葉だった。
 負けた原因は艦娘だけのせいではないのだから。自身が反省する覚えはあれど、別に叱る必要はない。また次に頑張ればいい。そして実践では、勝つことはできなくても生きて帰ってこられればそれでいい。
 相手は自分たちよりも戦歴を重ねていた。勝てる確率の方が低かった。それでも、「あそこまでやられるとは思っていなかった」という颯の評価も、別に嘘ではないのだろう。
 言いたい事を手短に伝えた一清は、三人の返事を待つことなくそのまま工廠へと足を踏み入れた。
 中はがらんとしていて人気はないが、代わりに手のひらですっぽりと握ることができそうなサイズの――ドックの働き手である妖精が幾多もくつろいでいた。
 妖精たちは提督の姿を確認した途端慌てたように整列を組む。
 一清のあとに続き入ってきた明石が「建造なさるのですか?」と訊ねてきて頷く。

「頼む」
「はい。資材はどのくらい使いましょう?」

 適当な数を示し、承諾した明石が妖精に声をかけると、小さな働き手は忙しなく工廠を駆け回り始めた。

「――そうですね。四時間と少しお時間いただきます。夕方にまた覗かれていってください」

 このあとには昼食を済ませて演習結果を紙面に報告せねばならない。
 しかし人の手で造ると長い時間のかかる船が、僅か四時間弱でできるとはどういうことなのか。妖精の力はあまりにも未知数だ。早いものなら二〇分もかからずに建造するともいうし。
 とんと羅針盤の力を不思議に思いつつ大人しく出て行くと、艦娘三人はどうしてかまだそこにいた。
 一清の行動が気になったらしく、電と古鷹は工廠と交互に見回してくる。とはいえ、工廠を訪ねる意味がわからないわけではないだろう。

「……増やすの?」
「……一人。いても損はしないだろう」
「どうだか。あんたの面に怖がって使えないかもね」

 ふん、と鼻を鳴らす霞の言葉は、まさかと一蹴するには少し難しい。
 臆病な性格の艦だったら、数日前の電と同じように泣かれることだってあるだろう。
 そのときはそのときだと自己完結する。

「あ、あの、司令官さん」
「……なんだ」
「天龍さんのこと……あの……」

 不安げに視線を彷徨わせる電。何を言い出そうとしているのか察することは容易い。
 霞とは散々に談議したが、そういえば天龍の扱いについては電と古鷹には言っていなかった。

「……天龍には、何も強いらない」
「捨てもしないってクズ司令官は言ったわ。だからその辺は心配ないわよ、電。それより早くお昼にしましょう。久々に戦って気疲れが酷いったら」

 スパッと一清の言葉を代弁した霞は、サイドテールをかき上げてとつとつと本館に向かって歩いていく。存外彼女は食事を好むらしい。
 昼食は早速間宮が既に作り出しているようで、本館からは心地の良い香りが漂ってきていた。
 一清も霞と同じく電と古鷹に背を向ける。
 ……それはきっと、彼なりの気遣いなのだと思う。無闇に干渉はしない代わりに、歩み寄って来たものは決して拒まない。
 ただ、それだけでは軋轢の全ては処置できない。
 確かに一清の関わり方は極力人を傷つけない。だからこそ電たちも彼という提督への認識を早くに改めることができた。
 電は古鷹を見上げた。目が合って、揺れる瞳にたゆたう気持ちはおそらく同じなのだと感じる。
 電も、古鷹も。一清から、どうか天龍に手を差し伸べてやって欲しいと、次第に願い始めているのだ。
 たとえそれが一清にとっては難しいことなのだとしても、このままではいけない。必要なことなのだと、ヒトの心を持っている今だからこそ言い切ることができる。

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