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フラグのビッグウェーブ

 前田慶次はフランクな人だ。雰囲気も私のクラスにいた男子に似ている。話しやすいなぁ。でもやっぱりあんまり深入りしたくないなぁ。なんてことを思いながらもだらだらしていたら、いつのまにかすっかり絡むにぎこちなさの抜けた相手になってしまっていた。ぐぬぬ。ぐいぐい来られたので慶次、と呼ぶようにもなった。ぐぬぬぬぬ。リア充の力には私は無力です。
 慶次は魔獣に対しても前向きだ。夢吉と仲良くできるやつらが多そうだよなぁ、とのんきにしている。そういうところに安心できるのも確かだ。
 この人、人のふところに入るのが上手いぞ。私だけか? 私の心の壁が弱いのか? いや、違うな。……慶次が、私に近いんだ。こうして近場で話す間柄になって実感できた。彼は、乱世からは浮世離れしているみたいだ。それでもこの世の人間であるのだから、結局は私と同じ人種、とは程遠いのだが。
 小田原に滞在している慶次は、私の家にもよく遊びに来る。おーい、カナメいるかい、と気軽に声をかけてくる。留守を任せていた柊さんから苦情が来たこともある。柊さんは、慶次のことが得意じゃないっぽい。少なくとも、性格と趣味は合わなさそう。

「カナメはさ。いままでいろんな国に行って来たんだな」

 仕事が休みのある日、例によって遊びに来ている慶次がぽつりとつぶやいた。
 手土産にと持ってきてくれたのは大福だ。彼は食べ歩きに強いので、プレゼントしてくれるお土産にもはずれがない。きっちり手持ちや柊さんのぶんまで用意してくれる。大好き。こたつにお茶に大福。最強ですな。今朝は育てているきのみも収穫できたから、おやつには困らない。
 私は首肯した。慶次はそっか、とどこか遠くに目をやって、ふたたび開口する。

「大阪は? 行ったことあるか?」
「そこはまだだね」

 警告! 警告! ひでねね事件に首を突っ込まされる気配を察知! 脳内でけたたましくとどろくアラームに胸中で空笑う。そう騒ぐな。そんな気はしていました。

「魔獣の軍用計画を進めてるって、聞いたことある」

 大阪――豊臣軍の、考えそうなことだ。使えるものなら何でも使って、富国強兵。見ている世界が違うな、と諦めている。私一人が嫌だなぁと思ったところで、相手は豊臣だ。……まぁ、私がたとえば手持ち振り上げて強襲でもしたら、みたいなことも考えなくはない。やらないけど。追々のことを考えると浅はかだし、傲慢だ。
 それとこれとでは話が別なので、大阪を訪問する機会があったら軟弱者なりに抵抗するつもりではあるんですけれどね。ささやかな反抗心だ。保身は大事だが本心には逆らえない。今から胃が痛いです。

「……俺も、行こうか」

 な、なんですって?

「……大阪?」
「大阪」
「いつの、話をしているの」
「えっと……いつかの話?」
「そ、そうだよ。まだ行くって、決まったわけじゃないのに」
「うん。でもなぁ……」

 意味深に言葉をすぼめて、目を伏せる風来坊。

「カナメは、女の子だし。兵士でもないし、自分で戦えもしないだろ?」
「そりゃそうだけど、喧嘩を、売られている……?」
「はは、違うよ。何かがあったら、って話を俺はしているんだ」
「そういうときのために、トレミーたちがいて、柊さんがいる」
「ほぉ。護衛がいるという自覚があったのか」

 天井から声が降ってきた。忍ぶのか忍ばないのかどっちかにしてほしい。ガタガタッと音が跳ねる。これはゲンガーに遊ばれているな……忍びとは一体なんなのか。
 慶次は、口をつぐんだ。視線を落としたまま、膝の上で寝ているらしい夢吉くんを撫でている。やがてまた言葉を見つけたのか、なぁ、と彼はこちらを見た。

「行くって、決まったら」
「決まったら?」
「……気を付けて、行って来いよ」
「うん。ありがとう」

 修羅場フラグ、回避成功です!

 数日後、小田原城に豊臣軍からの便りが届いた。うっそだろオイ。





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