さっきよりも一歩前
叶うことなら、手持ちに最低限の努力値くらいは振りたいのだ。ただこの世界は魔獣の生息地がひどくまばらなので、決まったところを往復して一定数だけ倒していくなんて作業もままならない。努力値概念がポケモン世界に本当に存在するのかはさておき、あると仮定しての話をお送りしました。なので努力値振りについてはもういいや、と諦めている。
魔獣使いことポケモントレーナー自体がレアな存在であるので、積極的なレベリングもなかなか難しい。最近のもっぱらの悩みである。
家の庭でトレーニングに励んでいる手持ちを見て、なんとなくそう思ったのだ。ああそういえばヒナはなかなか進化しないな、とか。ゴレムスはちゃんとゴルーグに進化するのかな、とか。経験は……着実に重なっているとは、思う。
私なりの言い分ではあるが、この世界で対峙する魔獣たちはみんな手ごわい。気が立っているのもあるし、元の世界と違って負けられないという気概も強いのだろう。相性が有利でも油断するとやられる。前に平城京でシャンデラと戦ったときは死ぬかと思いました。異世界怖い。なんやねん野生のシャンデラて。こちとら駆け出しのバトル初心者です。
「トレミーたちはさ。強くなりたいっていう気持ちとか、ある?」
ヒナとゴレムスの組み手を眺めながら、隣のミロさんに尋ねてみる。トレミーはあまりまもなくこくりと頷いた。そっか。それはちょっと……えっ? ちょっと? かなり嬉しいんですが。デレ期来てる? 二度見すると尻尾の先でぐいっと顔の向きを変えられた。俺の嫁がこんなにも塩対応。
「柊さんに、バトルの相手お願いするのもありか」
そうだそうだ、この手があったか。手ごわそうよね。三体目のトレーナー降臨とかは勘弁してほしいけど。今はちょっと出ているので、帰ってきたらお願いしてみよう。いざというときの指示なんかは私よりもよほどできるイメージがある。勉強になるのではなかろうか。
「ちゃもァ!!!」
お、女の子にあるまじき声が聴こえた。何してるんだ。思考にふけっていた目線を持ち上げると、アチャモがゴビットの足下でぜいぜい息を荒くしている。くちばしの端からは炎がこぼれて……あれは、特性のもうか状態なのでは? そんなになるまで体力ゲージ削ったの……? ゴレムスを見ると、かなり申し訳なさそうだ。不可抗力、といったところか。
「ひ、ヒナ。すこし休憩しようか」
相手はじめんタイプでもあるのだから、いくら特訓とはいえ不利は覆らないでしょう。平城京以来ヒナはバトルに対し真剣さが増したようなのだが、いくらなんでも無理をしてはいけない。ヒナはしょんぼりとしてその場に座った。そして悔しそうにゴレムスを見上げて……いたのだが、ふいにぶるりと全身の毛を逆立たせた。
「……ヒナ?」
よく見れば、ゴレムスも様子がおかしい。ぶるぶると震えて、待って、何、まさか変な病気じゃあないでしょうね。
焦って近寄ろうとすると、なんとほぼ同時にふたりが発光したものだから、さらにぎょっとして立ちすくむ。へ、と間抜けな声を漏らして一部始終を見守る。
光がおさまるとそこにゴビットとアチャモの姿はなく、代わりにゴルーグとワカシャモが、呆然とお互いを凝視していた。
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