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「#お仕置き」のBL小説を読む
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ハローワールド

 私の願いは、一年前から何も変わっていなかった。
 私のこと、柊さんのこと、ジラーチのこと――その三つに目をつむると、私にはこれしか残らなかった。
 その根幹にはもちろん「ポケモンのため」「乱世のため」という一人よがりな善意がある。でも、それだけじゃない。これらはすべて、最後には「私のため」に辿り着く。だから私はこれを願うことができるし、願おうと思える。叶えば私から不安がなくなるし、嫌なものも見なくて済むようになる。
 そして、私からは日ノ本にいようと思う理由も失せるのだ。
 この世界は、嫌いではない。けれどそれは、私が戦国乱世を俯瞰するだけの「プレイヤー」でいられたから言えたこと。いざその世界に生きる者の一人となると、私はこれから先、とてもここにはいられないし、いたくないと思ってしまう。
 きっと乱世では近い将来、関ヶ原の戦いが起こるだろう。そうでなくとも戦争は起こるし、私の故郷よりも死が身近にある。そういったおおげさな話をせずとも、こちらには、私の世界にはあった多くがない。もちろん逆もしかりなのだが、私は二一世紀に育てられた人間だから、どう耐え慣れたってこの世界にはなじみ切れない。知識だけでは、どうにもならないことがある。
 だから私は、この世界を去る。私を受け入れてくれた人たちへの感謝を置いて、そうしようと決めた。
 薄情者だと、都合がいいと、それは逃げだと、誰に言われたってかまわない。ポケモンの世界のほうが、たぶん、私の世界にも近いでしょう。
 私はこの世界を、私が生きていきたい場所として好きになることはできなかった。これはたった、それだけの話。

 七日を経て訪れたのは、細く拓かれ道としての役目を持つだけのやぶれたせかいだった。
 あのあと私たちはアルセウスの下を去り、シキさんユクシー、そしてサイカとも別れ、表の世界に戻った。それからは事の顛末の後始末のため、残された時間を走り回った。
 日に日に数を減らしていく魔獣たちを見守った。消えていく痕跡を眺めた。お世話になった人たちへのあいさつを済ませ、直接赴けないところには手紙を出した。小田原、甲斐、奥州、大阪、近江――すべてにありがとうとさようならを告げて、私はここにいる。

「……婆沙羅、使えなくなりましたね」

 うしろをついてきているのは、松雪さんだ。そのあとを、チヅキもゆるりと歩いてきている。二人とも、あちらに残る意思はなかったらしい。
 私は自分の手のひらを見つめた。松雪さんが言うように、意識を集中させてもそこに炎が宿る気配はない。――婆沙羅は、私たちの身から消えたのだ。アルセウスの力なのか、あの世界にもう戻ることがないからなのかは分からない。どのみちあれはもう無用の長物なのだから、使えなくなっても損はしない。
 婆沙羅が原因でひと騒動を起こした身としては、やはり私以上に思うところがあるのだろうか。
 そうだね、とだけ言って私は歩く。

「ねえカナメ。この道は、どこに繋がっているの? シンオウ?」
「知らない」

 次にかかったチヅキの問いに、それだけを返す。
 ……彼にとってはこれは里帰りになるのか。こいつはあっちに残ってもよかったのに。どっちがいい、と訊いたら「僕も行く」だもんな。何を考えているのか全然分からん。前のような狂気はもう感じないのだが、私としてはそれでもピリピリとした対応をしないわけにはいかない。ぶっちゃけ今すぐにでもここから下に突き落としたい。地獄に埋まれ。やっぱりわざわざ訊くなんてせずに無視して松雪さんと二人で来るんだった。置いて来ればよかった。
 ……この道はおそらく、アルセウスが用意してくれたものだ。体が透けている、と思ったらここにいた。先に行けば……きっと出口はある。正面に見え始めている光は、自然光に似ている。その向こうの景色はまだ見えない。
 チヅキが早歩きになった。かと思えば駆け足になって、私を追い越して推定出口へと向かっていく。チヅキの行動に刺激されたのか、松雪さんも私を置いてチヅキを追いかけた。
 ふ、と。私は立ち止まる。いままで歩いてきた道を振り返る。視界に入るものは細く長い、長い道だけで、出発地点はとっくに見えない。
 見えない先の、その向こうに……夢のような奈落に、私はいた。

「…………」

 名前を呼ばれなくても、前を向き直す。かた、と腰に下げる五つの重みも揺れている。地面を蹴る。光の中に、体をさらす。

 向こうについたら、今度こそ静かに暮らそうか。トレミーと、ヒナと、プロメテとゴレムス、それからノルさんと、みんなで穏やかにゆっくりしよう。一年前、よみがえったばかりの私には何もなかったが、今の私には君たちがいる。
 サイカにも会いに行こう。シキさんからは連絡先を教えてもらったから、彼女にもまた会おう。
 そしていずれは――もういない二人のことも、やわらかに咲くように話せるようになるのだろう。思い出すたびにまた悲しくなったり、嬉しくなったり、そういったことを何度も繰り返す。泣くこともあるかもしれない。憎み直して、恨み直して、後悔だって飽きることなくするんだ。
 息苦しくても息をする。続くことを諦めきれなくて、死にきれない。私はこれからも、そういう風にずるずると、なんでもないふりをして生きていく。










 墓標の前に、もう人はいない。





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