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私の私による私のための

 魔獣使いなんて、本当は必要ない存在なのだと知っている。
 人間は確かに怖がり拒む生き物だが、それ以上に私たちは「慣れる」力を持っている。
 魔獣使いがいなくたって、日ノ本の人たちは時間をかけて魔獣に慣れて、そこから関係を築いていくことができたはずだ。特別なものがなくたっていい。たとえ要りようであったのだとしても、それは私や魔獣使いでなくても構わない。
 けれどジラーチは、居場所を見いだせない私に向かって「架け橋たれ」と頭を下げた。あれは、慈悲だった。憐憫から、彼は私にこの世界での立ち位置を与えてくれた。その立ち位置は私にとって毒であるのと同時に、自分を保つための薬でもあった。
 まぁ要するに、私は「日ノ本の魔獣使い」であることにプレッシャーを感じていた。けれど反面トレミーたちといられることは僥倖で、彼らとふれあえる時間はそれはそれは愛おしいもので、だからこそ私は私の立場にだいぶ複雑な感情を抱いていた。

 七日目の夜。ジラーチが断じた「もう大丈夫」とは、たぶんそういうことを言っていた。
 渡カナメは、もう大丈夫。特別ではなくても、特別ではなくなっても、もう大丈夫。










 シキさんたちのこと、どうして教えてくれなかったの。
 私の役目、ほんとうは架け橋なんかではなかったのでしょう。
 私の婆沙羅、光から炎まであんたの差し金でしょう。
 ジラペディア先生の知識、中途半端だったんだけどどういうことなの。
 最初の一匹が気難しいミロカロスってなんなんだよ。
 なんで私なんかを選んだんだよ。
 言い出せばきりがない文句、苦情は全部飲み下す。それよりも大事なことが、控えている。
 私はアルセウスを――万能ではない全能を仰いだ。思っていたよりも、普通だ。私はもっと、神々しさを感じ取って身動きできなくなるのでは、と疑っていた。案外簡単に、正面から向き合うことができた。

「……いくつか訊きたいことがあるんだけど、いい?」

 アルセウスはこくり、と頷いた。

「乱世の魔獣たちをまるっと救うことは不可能だっていうのは、本当?」
「…………」
「世界のひずみの修復ってやつはもう済んでるけど、乱世とポケモン世界はまだ繋がっているんだよね?」
「…………」
「もしかして、こっちに新しくディアルガとパルキア、あとギラティナ辺り、創ろうとしてた?」
「…………」
「なんでもかんでも一人でやるの、……きつかった?」
「…………」

 返ってきた反応はすべて「イエス」だ。四問目のためらいがちな是に笑ってしまった。
 しかしここまでスムーズに肯定されると、気持ちいいを通り越してすこし気持ち悪い。もしかするとそうなのかな、と考えていたことがまさか当たっているとは思わなかった。
 「あのさ」とさらに続ける。

「……私がポケモン世界に行きたい、っていうかそっちに永住したい……って言ったら、連れて行ってくれたり、する?」
「…………」

 ――アルセウスは、頷いた。
 ……そっか。なら、よかった。あとからやっぱなしっていうのは受け付けませんからね。真に受けましたからね。二言は許しませんよ。

「最後に、ひとつだけ」

 ……言うか言うまいか、躊躇する。でもこれを問わなければ、始まらない。

「私が、かける願いは」

 心臓の揺れが伝う指先で、ふところから短冊を三枚取り出した。

「……世界を。滅ぼすと、思う?」
「…………」

 そこで初めてアルセウスが、首を横に振った。
 背中は、押された。覚悟は決まった。優柔不断でおおいに結構! これでようやく私は、私を信じることができる。
 短冊を掲げる。
 胸の奥、固く閉じていた箱を開く。私の一番底にあった開かずの箱だ。鍵も何もかかっていないそれは、今このときまでさわることが一切できなかった。怖かったから。おぼつかない動きで箱を開く。中には大事に取っておいた、きらきらひかるいくつかのわがままが仕舞い込んである。それを、手に取った。

「――ひとつめ。乱世の魔獣が、これから七日間をかけてあるべき世界へ還れますように」

 一年前。大雨に打たれながら質素な墓前に佇んでいた新参者が、ゆるゆるとおもてを持ち上げた。
 ワカシャモみたいな子、いなくなる? 訊ねられて、胸を張る。これからは、なくなるよ。もう大丈夫。みんな家に、帰れるよ。

「――ふたつめ。魔獣たちの世界の痕跡が、乱世には一切残りませんように」

 そういうものは、記憶だけでいいだろう。例えばきのみだとか、石だとか、ああいうものも全部この世界にはないほうがいい。
 こっちで悪用されたら、いやだもんね。新参者も、賛成してくれる。

「――みっつめ。この災いに傷つき、それを忘れたいと思うひとがいるならば、忘れることができますように」

 忘れることは、悪ではない。嫌なことを忘れてしまって前に進めるのならば、それがそのひとのためには一番であるに決まってる。言うなればアフターケアです。
 私は忘れない、と新参者が苦そうにぼやいた。その通りだ。忘れたくないことがあるから、私は忘れない。

「叶えて、ジラーチ」

 なかったことにはしない。何もかもを巻き戻すことはしなくていい。ワカシャモのことも、柊さんのこともジラーチのことも、夢に見るたび痛くても私はこのまま引きずっていく。
 私は私のために、まだ生きている私と私の好きなものがわずかでも明るい未来を選ぶ。悲しみも苦しみも、もうたくさんだ。
 これが、私の欲。これが、私のエゴ。ポケモンに、私に、優しかった人たちのことを思い出す。戦国乱世で、ポケモンとともなってくれていた人のことを思い出す。私の知らないところであっただろう、すべての明るい出会いと縁を踏みにじって、私は願いを実現させる。
 神様ができなかったのだという我を、私は通す。最初からどこかで分かっていたくせに……ここに至るまで、随分と遠回りをしてきてしまった。

 私は、これらが叶って初めて特別な一人ではなくなることができる。
 もう「魔獣使い」じゃなくていいんだね。新参者が、ほっとしたように笑っている。

 まばたきをする。墓標の前に、私は立っている。土砂降りはやんでいた。頭上には、突き抜けるほど青く輝く空が広がっている。





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