祝福のつもり
いつか訪れる一〇〇〇年の別離を、嫌うことはない。拒むことも、僕はしない。これは僕が自分をジラーチだと認知したときから、揺るがないことだ。
けれども睡眠欲を自覚したときは、複雑な気持ちになった。そしてそうか、と納得した。ジラーチ族に生まれた僕の、何度目かの終わりが近づいている。僕にとって、お別れとはそれだけのことだ。寂しいけど、仕方がない。ジラーチとして生を受けたものの、宿命だ。
カナメはもしかしたら、これを拒絶するのかもしれない。とは思っていた。
案の定彼女は僕の眠りに否定的で、だから僕に「ジラーチは眠らない」という願いを唱えようとした。その口を両手で塞いであげて、僕は言った。
『ありがとう。でもね、それは駄目だ。それは、僕の願いじゃない』
祈りのかけどころを失った彼女は、項垂れた。なんで、とか。どうして、とか。胸の内に巻き上がる感情を僕にぶつけることは昔みたいにいくらでもできただろうに、それをしないまま黙り込んだ。探しているのだ。短冊にかけるほかの言葉を。その様子に、ほっとする僕がいた。彼女は、僕の願いを拒絶しない。
矛盾している? 分かっているよ。それでもなお意地悪く僕は願おう。みっつの短冊は、つかのまの道なき旅路をともに歩いたキミのために。
僕はジラーチとして、眠りにつく。カナメを困らせるわがままはいくらでも浮かぶけれど、でもそれはみんな口には出さないまま僕は眠ろう。彼女の本物の七体目として生きる道は、選ばない。たったひとつの名前も窮屈なボールも、僕にはいらない。
いずれ来る別れがいま来ると分かっているのなら、僕はいまがいい。「ジラーチでいたくない」なんてない物ねだりをする前に、そうしたほうが僕の為だ。ジラーチのままでいるためにも、このまま自然の摂理に身を任せたい。この身をのろうくらいなら、そうして一〇〇〇年後に目覚めることを選ぼう。
こう言っては無情だが。タイミングが、よかったのかもしれない。
最後の夜は、いつもと変わらずなんでもないように過ぎていく。いつものように家にいて、いつものように縁側に出て、いつものように座ってのんびりと駄弁っている。
僕はもう一度彼女に問うた。願いはないかい?
「ないよ。何も。……何も」
眉間に皺を寄せられてしまった。強情だよね。僕も、君も。
空を見た。今日は晴れている。ちかちかとまたたく夏の星々は、とてもうつくしい。
『最初の頃、僕は、キミにとっての案内人のようなものだと僕を位置した』
「その節はたいへんお世話になりました。カーナビよりも頼りになるナビだったよ」
『それはよかった。ありがとう』
「知らないことも随分多かったみたいだけど、それはあとでアルセウスに文句言っとく」
『うん、よろしく。キミも、すっかり乱世での歩き方を覚えた。……もう、大丈夫だ』
「いや、全然。大丈夫じゃないです。今からでも方向転換利く感じです」
つんと喋る彼女の声も、普段と変わらない。少し、拗ねたものではあるかもしれない。ロマンチックで湿ったお別れなんて、望んでいないのだろう。あるいは、そんなものにしてやるかという反抗心でもあるのだろうか。
「お前、知らないでしょ。私が、頑張ってるの知らないでしょ。いま知れ。思い知れ」
言葉をにわかにゆらめかせている彼女は、どうやら泣くのを我慢しているらしかった。
『頑張らなくていいよ。泣けば?』
「バカ。ジラーチお前、ほんとバカ! ほんと、さぁ、なんで……い、いみわかんない……」
強がりを決壊させて、満足する。こんなときくらい、頑張らなくていいよ。キミ、最近頑張りすぎていたくらいだもの。
「ほんっと、信じられない、なんで、この忙しい、ときに! なにおまえ。な、んなの」
大泣きだ。思いあがっちゃうと、僕のぶんまで泣いてくれているみたいだ。
どこからともなく生じる光の糸が、僕の体を包んでいく。そろそろ時間だ。重なる光は明るく透き通った紫色をたずさえて、硬質な音を立ててゆりかごのための結晶となっていく。
最後にかける言葉は、前から決めていた。
『それじゃあ、カナメ。……おやすみ』
「っ、ジラーチ」
カナメはぐしゃぐしゃの顔で僕を見上げて、僕の手を掴もうとして……その手を下ろす。代わるように、ぽつりと何かをささやいた。くちびるの動きは嗚咽に呑まれてしまっていて、声になりきれていない。しかし、これはまた凄まじく優柔不断な……まぁ、いいか。一番の望みを蹴ってしまったのは僕なのだし。それにキミならきっと、大丈夫だ。
三つの短冊に、土壇場で届いた祈りを刻む。未知の場所へ戦いに赴くキミのため、僕は僕にしかできない切り札を贈ろう。使い道は、キミに任せる。
「おやすみ、ジラーチ」
ありがとう、僕の一等星。
キミたちと過ごしたままならない日々は、一〇〇〇年の夢では埋められないくらいに、本当に幸福だった。
いつか叶うキミの願いは、間違っていない。それは僕が、保証してあげる。
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