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小田原に、魔獣使いあり。
北条氏政に、魔獣使いがついた。
ありのままの事実から始まり、虚飾された噂に過ぎないものまで、私に纏わる最新情報はまたたくまに日ノ本を駆け巡っているらしい。電子機器のない時世であるのに、短期間でよくそこまで広まったものだ。すっかり有名人だ。
「お前の話をしているんだぞ」
感心していると、かすがさんに呆れられた。
そう言われても、ことの重要性はよく分からない。……いや、「魔獣使い」の価値は理解はしているつもりだ。矛先が私に向くと、途端にいまいち自覚が湧かないだけだ。
「見ているこっちが気が抜けるねぇ」
溜息をついたのは、猿飛佐助。甲斐に属する忍びである彼は、ここに現れるなりかすがさんに武器を突きつけられて、両手を上げっぱなしでいる。
謙信公に依頼をいただき、小田原からはるばる越後までやって来た。依頼内容は、もちろん魔獣絡みだ。
それを解決するため、かすがさんをナビに外出していたところ、この人が上から降ってきた。
猿飛佐助はかすがさんと見知った仲だから、出てきても大丈夫だと判断したのかもしれない。くない、突きつけられてますけれども、それはあいさつみたいなものなのだろう。
「さっきも言った通り、俺様の仕事はあくまで魔獣使い様の観察。害を加える任務は受けてないから、そういっちょ前にぴりぴりしなさんな」
朗らかに微笑まれて、私はかすがさんを盾にした。
警戒するよ、しますって。だってどんなににこにこと笑っていても、主君のためならどこまでも冷酷になれる人なんだってゲームで知ってるもの。この笑顔、進〇ゼミでやったところだ。
しかしかすがさんが、武器を下げる。迷彩まみれの男は両手を下ろし、その場にしゃがんで私と腕の中のジラーチを見上げた。うう、苦手だ。この目が嫌だ。私の内側を、なぞられているみたいだ。
「俺様、猿飛佐助。よろしくね、魔獣使い様。……そういえば、名前は?」
「お、小田原のちりめん門屋の……」
「おい待て、初耳だな。お前、ちりめん問屋なんて営んでいたのか」
ここでかすがさんがハッといった風に反応した。上杉のくのいち、まさかの素ボケ。
「イヤ、すみません嘘ですね」
いかん、話がややこしくなってしまう。茶番を早々に切り上げ、素直に名乗ることにした。
「もうご存知かと思いますが、渡カナメです」
「うんうん、覚えたよ。カナメちゃんね。そちらさんは?」
にっこにっことフレンドリーな好青年のガワを纏ってくれている猿飛佐助は、私の背後に目をやった。そこには、ゲームにはいなかった人間が立っている。長身で痩せ形、髪の毛から服まで真っ黒で無口、そして無表情。忍者の鑑のような男の人だ。
「柊だ」
男の人――柊さんは、刺さる視線が忌々しいと言わんばかりに小さく舌打ちをして名乗った。営業用スマイルって知っていますか。
「私の忍びです」
追って注釈を入れる。
紆余曲折があって私の珍道中の共有者となった、かわいそうな人です。えらい人から「これからもがんばってね。君の活躍を楽しみにしているよ」という激励と一緒に貰いました。
にしたってこの忍者、口を開くと高圧的で、友好という概念なんぞ親の仇だ! 踏みつけてすり潰してコンクリートで固めて海に沈めてやったわ! なんてことでもしたんじゃねぇかと疑うレベルで、冷たい。絶対に私のことを敬っていないし、主人としても見ていない。でもお金を払えば仕事はしてくれるので、黙っていれば良い忍びだ。余計なことに、首突っ込んでこないし。
「護衛かな。ま、それくらいはやるよね」
うんうん、と猿飛佐助。納得、してくれますか。するんだ。小娘に忍びぃ〜? みたいにでも、思われるかと予測していた。そうか……魔獣使いってやつは、護衛付きであることに違和感がないくらい、大事なものなのか……。
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