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「#幼馴染」のBL小説を読む
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お前へ贈るバッドエンド

 言葉にするだけ遠くなってしまいそうな激情が、しぼんでいく。憑き物が落ちたように、とはきっとこんな感覚なのだろう。私いま、どんな顔してる? 松雪さんを怖がらせてしまったみたいだが、もうそこまでないんじゃない?
 そろそろとチヅキを見る。新緑よりいくらか明るい色と視線が絡む。その中に、見つけてしまった。縋るような何か、求めるような何か。言外に懇願を編んでいるような、苦痛の色だ。私はこれを、理解したくもない。
 彼の首から手を放す。感情のたかぶりに伴って婆沙羅が出てしまったようで、私が締めていたところが火傷になっている。光寄りの炎が、さっきのやりとりで炎に変じたのかもしれない。
 私は、脱力した。敵の腹の上からずるずると退いて、座り込む。
 ……なんだ。つまり、私はその……なんだ。ああ、そうなの。
 すうすうとすいているこの胸にあったものは、何なのだろう。探しているが、見つからない。ここにあったものが何だったのか、私にはもう分からない。ほんの五分前まで滾って仕方のなかった熱が、嘘みたいに冷めている。くったりと、忘れてしまった。
 有体に言おう。萎えた。もう、いい。短刀を、鞘に戻す。

「……何。どうしたの? ……殺せばいい。僕を、殺せばいい」

 髪に手をやって、適当に整える。乱れてしまっているだろうから、少しはきれいにしておこう。

「僕が、ヒイラギを殺したんだよ。僕をやれば、全部終わる」

 尻のほこりを払って、立ち上がる。投げ捨てられたくないを拾う。ぽつんとつむじを叩いたのは雨粒だ。ああ、やっぱり降ってきた。
 尾張に戻らないといけない。いきなりいなくなってしまったから、浅井さんたちに迷惑をかけているかも。信長公、大事なければいいのだけれど。

「ここで見逃したら、僕はまたやるよ。魔獣たちと復讐でも、なんでもやるよ。簡単だ」
「松雪さん、いっしょに尾張行く?」
「……わたしは、上田城に帰ります」
「そ。分かった」

 頼んだよ、の意をこめてえいの背中を軽く叩く。えいは素直に頷き、新しいトレーナーの下に歩いて行った。
 サイカとジラーチを振り返る。

「ありがとう、サイカ」
「……ギィ」

 メガリングを外して返す。つるりとしたツノを撫でて、ボールの中に戻ってもらう。ジラーチはふわりと浮き上がって、私の肩に落ち着いた。定位置だ。

『……いいのかい?』
「いいはずがない!!」

 空気を裂いた、耳障りな声。子ども特有の子犬のような高音が耳朶をひっかく。
 私はゴレムスを開放した。

「なんでだよ!! 殺せよ!! 僕を殺してよ!!! それでいいでしょう!!!」
「やだよ」
「どうして!!!」

 それは身を起こして、必死の形相で私に訴えているらしかった。
 うるさいな。私は眉を潜める。すこしは静かにできないの、お前。
 胸に手を当てて、ようく考えてみてほしい。自分のことばかりのその頭でも、分かるだろう。

「どうして私が、あんたを幸せにしてあげないといけないの」

 ふざけた破滅願望だ。死にたいなら勝手に死ね。つまらないことに、私を巻き込むな。
 松雪さんが去るのを見送り、ゴレムスの背を叩いた。初夏だというのに、天からのしずくはいささか冷たい。雨、強くなってきたね。





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