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テーマ「推しとの恋」
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僕のためのハッピーエンド

 たった一日。タマゴから孵った僕が、母親といられた時間はそれだけだった。満点の星空の下、母さんは紫色の結晶に包まれて遠く大地へ還っていった。
 半世紀くらいあとに父親が死ぬと、僕だけが遺された。父親は僕のことを最後まで可愛がり大事にして、自分が亡くなったあとのことも懸念していたが、ほかの人は違った。
 タマゴから孵った子ども。生まれたときには、すでに二本足で立っていた子ども。老いない子ども。ポケモンのような力を使い、ポケモンの言葉を解する子ども。
 老いないんじゃない。僕は成長が遅いんだ。体が大人になるにはすごく時間がかかるし、不死であるわけでもない。ただ、人より長生きなだけだ。
 しかし多くの奇異を見る目に耐え切れず、父親のパートナーだったネンドールを連れて僕は故郷から逃げ出した。こんな体だと、みんなのようには生きられない。六〇歳にもなればそれは十分に分かっていた。小さいころに友達だった人たちはとっくにおじいちゃんおばあちゃんだ。好きだった女の子だってずうっと前に結婚しているし、家族がいる。僕にはいない。もういない。老いにくい体は生きにくい。初めて自分で捕まえたポケモンだって、少し前に寿命で死んでしまった。
 僕はどうやったら、幸せになれるのだろう。

 一か所にしばらく留まっては引っ越す、ということを繰り返した。そうしなければ、訝しがられてしまう。
 何回か、僕の素性を明かされたことがある。僕のジラーチとしての力が欲しかったんだって。怖かったから断って、また逃げた。そういうことがあると、相手の脳に干渉できるポケモンにお願いして穏便にことを済ませてもらうことを覚えた。オーベムやカラマネロは、そのために捕まえたんだ。

 あるときふと思った。死にたい。
 それが僕にとっての本当の幸福なのだと気づくのに、随分とかかってしまったね。向こうに行けば、初めてのポケモンにも父さんにも会える。
 でも自殺はできない。これが悩みだった。父さんと母さんが願った命だ。自害だなんて失礼なことはできないし、やりたくない。
 だったら。誰かに殺してもらえばいいんだと至った。
 できることなら、良い人に殺してほしい。そうしたらその人は、僕のことをずっと覚えていてくれるだろうから。友達や恋人とはいっしょに息ができない人生だけれど、そういう人は一人くらい選んで逝ったっていいはずだ。僕の最期がこんなにも人間だったんだよって、僕が許した人に見届けてほしい。悪人はだめだ。悪人は、殺した人のことを容易に忘れてしまう。

 異世界に落とされたことは幸運だった。おかげで僕は、カナメを見つけることができたのだから。

 この世界がポケモンに厳しい世界なんだということはすぐに理解した。オーベムとカラマネロの力を借りて、僕は危険の遠方から異様な事態を眺めていた。あちらから消えた人々がいなくなってしまったのも見ていた。僕は潰されなかった。たぶん、半分がジラーチだからだ。
 しばらく経って、魔獣使いという存在の噂を聞くようになった。僕ではない誰かが、ポケモンのためにお節介を焼いているみたいだ。
 調べているうちにその子の名前を知った。渡カナメ。小田原に住んでいる、なんてことはない女の子だ。そばにはいつもたいてい忍者を連れている。それはマツナガがあげたものなんだって。
 ああ、あの子に殺されたいな。僕は、願った。
 決めてからは早かった。手始めに、日ノ本で一番怖いと評判の国である尾張を乗っ取った。あの子と同じ世界で死んだサチを手に入れることもできて、ますます胸が高鳴る。
 そろそろいいかな、と思ったあたりで動くことにした。カナメが大阪にいるタイミングに、最近捕まえたレジギガスを離す。レジギガスは正義感が強くて、僕とは馬が合わない。だからカラマネロに洗脳してもらって、暴れてもらった。ほら、追いかけっこの始まりだよ。
 次はサチの記憶を消して、あちらに手放した。上田を選んだのは、そのほうが距離があって違和感がないと思ったからだ。僕の知らぬ間に開花したらしい彼女の婆沙羅は暴走を始めて、ああ羨ましいなぁあんなにも人に愛されて。もっと有効に活用すればよかったのに、欲がない子だ。まぁでも、ヒイラギを殺せたからよしとする。都合がいいことに、この世界では人を殺めても法律に咎められない。人を殺すのは初めてだったけど、殺されたかったから頑張ったよ。
 マツナガがカナメに与えた忍者は、彼女の身内だ。レジギガスとの戦いを見ていても、信用していることがよく分かった。だから、手を出すと怒ることは予測できていた。ほら。ほら! 僕のことが、許せなくなったでしょう? 殺したく、なったでしょう?

 なのに、どうして止めちゃうの。サチ。使えないね、君。失敗した。ヒイラギみたいに、適当に殺しておくんだった。

 首にかけられている力が弱まる。なんでさ。カナメは僕のことが、憎くて憎くて、仕方がないはずだ。ねえ、僕を殺してよ。

 僕は、幸せになりたい。死にたいんだ。





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