正義は味方
「ふがいない……!! 尾張に伸びる悪の手に、今の今まで気づかずにいたとはなんたる不覚……!!!」
くっ……! と拳を握りぶるぶると震える浅井さん。ちょっとオーバーなリアクションだなぁ、とゲームを振り返ってみる。そうでもなかったわ。通常運転ですね。
「違う……長政様は何も悪くないの……悪いのは市……これも市のせい……」
浅井さんの隣でどよどよと落ち込んでいるのは市さんだ。悪くありませんよ! あなた何も悪くないんですよ!! 全部チヅキってやつの仕業なんだ!!
このお二人あれだな。言うと悪いけどいざお会いするとけっこう疲れるな。横に座っている同行者をちらっと見ると、蘭丸さんの眼は死んでいた。生きて。頑張って。あなた尾張の希望でしょ。
浅井夫婦のおわす小谷城、事前連絡なしで赴いたにも関わらず中に入れてもらえたことは僥倖だった。蘭丸さんの顔パスでした。いっしょにいてよかった。
そわそわとしていながらも辛うじて平静さを失わなかった蘭丸さんのおかげで、謁見の叶ったお二方は真剣にこちらの話に耳を傾けてくれた。っていうか信じてくれた。信じるのかよマジかよ。チョロすぎやせんか。
「小田原の魔獣使い。まずは貴殿に感謝を。おかげで確信を得ることができた。尾張には悪がはびこっているのだと」
「はぁぁ!? ってことはお前、尾張が変だって分かってたのかよ!?」
確信っつったなこの人。途端に吠えだす蘭丸さんをどうどうと抑える。へいへーい落ち着け。
面目ない、と浅井さんは頭を下げた。違和感は感じていたのだと彼は言った。しかし下手に動いてつつくと謀反として扱われ、動いた浅井が排除される可能性があった。だから待っていたのだという。息をひそめ、正義感を留め、市さんに説得されて待っていたのだと。愛の力ってスゲー。ナチュラルのろけで胸がいっぱいです。
「歯を食いしばり耐える必要は、もはやなし。時は来た。貴殿の正義に、浅井は喜んで力を貸そう」
最後にそう締めくくられて、ひとまずその場はお開きになった。
清々しいほどの背筋の真っ直ぐさで去っていく浅井さんと、それを追っていく市さんを見送る。
「なんだよぉ。小田原になんて寄らずにさっさと近江に来ればよかった」
ぐでんと寝っころがる蘭丸さんは脱力する。小田原をディスるのは許さんぞ。
「……なぁ、カナメ」
「はい」
「なんだよその顔。蘭丸に難しい顔向けんなよな」
いくらなんでもそれは理不尽なのでは? なぜ話しかけた?
ハラヘッター、とぼやきながら起き上がった蘭丸さんも、応接室をあとにしていく。浅井への遠慮が微塵も感じられない。
一人になった空間。外で小鳥が鳴いている。ぼんやりと部屋を見渡すと、壁に大きく掲げられている「正義」の文字が目についた。眉間に皺が寄るのが分かる。むむむ。
――浅井さんは、私の行動を「正義」と評した。それがちょっと、痛いところをついた。わりと深めに。浅井さん、私そんな真っ直ぐできれいな人間じゃないよ。
ぐるぐると、時には吐き気を催す煮えて煮えて爆発しそうなこれを正義と言うのはお間違いだ。これは私情だ。ただれたへどろだ。自己満足で、自分勝手。だから正義なんて綺麗事でできた立派な枠に、自分を当てはめるのは嫌だ。正義って言葉は好きだけど、それを盾に説教されるのは嫌いだしね。ただ、
「…………」
説かれたわけじゃ、ない。それが、それなのに、余計にきつい。ただ鼓膜に伝えられただけの漢字二文字に、熱かった頭の中が急速に冷えていくのが分かった。まるで久しぶりに地面を踏んでいる気分だ。
人に言っておきながら、私がいっとう冷静ではなかった。どの辺りからだ。このあいだ松永さんに会った辺りからだろうか。情けない。反省しよう。
溜息を吐くと、腰のボールがカタカタと揺れる。ありがとう。ごめんね。もう大丈夫だよ。トレミーのボールを握りしめて、両手で包む。
蘭丸さんが、たった一人で小田原にやって来た。尾張を助けて、と手を掴まれた。魔獣が絡んでいる。魔獣使いの仕業だと言う。だから行く。そして真偽を確かめたい。
なぜあの人が殺められなければならなかったのかを、私は知りたい。
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