住めば都と言うでしょう
あれよあれよと小田原に住むことが決まった。自覚はいまいち湧かないが、立派な空民家もひとついただいてしまった。恐れ多くて感謝よりも先に罪悪感が飛び出てくる。
私は、どこかに住む、ということを考えていなかったのだ。訂正。考えていたが、それを現実にするつもりがなかった。自意識過剰上等で言うと、「魔獣使い」が一国に落ち着くのはまずいかな、という気持ちがあった。
「君が思っているよりもずっと、魔獣使いの称号は重い」と――松永さんも言っていた。
なのでこうなった以上、渦巻くのは自然な自問だ。私は本当に小田原にいて、いいんだろうか。
「まじゅうつかいさま?」
作業を終えてひと段落ついていると、見知らぬ女の子が仕事部屋を尋ねてきた。女中見習いの子だ。まだ一〇歳もないだろうに、えらいよね。
女の子はボールの外に出ているアチャモを見て「わぁ」と声をあげた。
「かわいい……! あの、さわっても、いいですか?」
「いいよ」と頷くと、彼女はそうっとヒナに触れる。ひとなつっこいヒナが自ら顔を寄せると、女の子は感激したようにますます高い声をふわふわさせた。くっくっく、可愛かろう可愛かろう。うちの子じゃよ。女の子とアチャモの組み合わせは大正義だ。汚れた心が浄化される。
「で、どうかしたの? 何かありましたか?」
「あっ、そうでした。ええと、くりやの近くの外に、見たこともない花がさいているんです」
花。膝の上に乗っていたジラーチと視線を交わす。迷い込んできた草ポケかな。
立ち会がって、現場に向かう。柊さんは、今日は家で留守番です。物置の掃除と夕飯を頼んであります。あの人けっこう料理上手なんだって気づきました。他人が作るメシはうまいぞ。
「……すごく……ラフレシアです……」
「らふれしあ?」
そう、ラフレシア。厨のそば、木陰になる敷地のそばにそれはあった。
本体がきれいに埋まっている。これ、息できてるの? 実はナゾノクサ見るたびに気になってた。
空を見る。今日は快晴だ。……ひなたぼっこでもしているのかしら。
まじまじとラフレシアを観察している女の子がくしゃみをする。さらにかゆそうに鼻をむずむずさせていて、そういえば私もくしゃみが出そうだ。出ました。
……花粉ねぇ。じきに冬になるんですがねぇ。つい、と改めて大きな花を見下げる。
『場所を変えてもらったほうが、いいだろうね』
とジラーチ。私もそう思う。
「もしもーし」
とりあえず、花を軽くつついてみた。反応なし。寝てるのかな。
ヒナを一瞥する。……いや、よそう。わざを放ってまで追い出したいわけではない。びっくりさせるのは悪い。井戸……はこっちにはないか。
「トレミー」
ならばと呼びだしたミロカロスを見上げて、目を丸くする女の子が非常に眼福である。
「ラフレシアに、こう……じょうろみたいに水あげてくれる?」
ええー、俺じょうろとちゃうねんけど……みたいな顔をしつつ水を出してくれる君が好きだよ。サンキュー相棒。
二〇秒ほど経って、花はぶるぶる震えだした。ぼこり、と土が盛り上がる。
「らぁふわぁ……」
訳するならばさしずめ「よく寝た」といったところか。それとも「なにさらすんねんワレェ」だろうか。ともあれ少なくとも、機嫌を損ねてしまったわけではないらしい。よかった。おはようラフレシア。
「本当にまじゅうだ……!」と驚いている女の子を見て笑みがこぼれる。微笑ましい。様子を見守りながら、なんとなくまた疑念に意識を傾けた。
……まぁ、なんだ。氏政公も言っていた通り、難しいことは置いておこう。新居には少しずつ慣れていけたらいいのだろうし、たぶんそれが一番だ。
今更ながら、一人ではなくてよかったと感じている。私とジラーチと四人と、あと柊さん。もういいよ柊さんも頭数に入れてやろうじゃねえの。ならゲンガーもいっしょよね! それでこれからは、あの家に帰るのだ。今はひとまず、それだけでいい。
ラフレシアは後日パーティに加入しました。渡家へ、ようこそ。
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