靴の脱ぎ方を忘れていた
私が小田原に滞在していることを聞きつけたのか、風魔小太郎が接触してきた。ビビりましたわ。こちとら病み上がりぞ。もう少しやさしめにお願いします。
なんでも風魔小太郎に情報を流したのは柊さんであるらしい。私が実はあてもなく各地をぶらぶらしているのだと知って、方針補助にと彼に連絡を入れたんだって。まっ、松永久秀繋がりかー! 知り合いなら言ってよもう! 根無し草ですみません。
そういうことで、小田原城城主に謁見することになった。北条氏政だ。毎日届く魔獣対応案件に追われている北条軍を、助けてほしいとのことだった。わりと本気っぽい懇願を見た。引き受けた。
契約して二週間ほどを、小田原城で過ごした。魔獣使いだよー! と初日にあちらこちらで紹介されたので、ジラーチを出して堂々と歩いていても何も言われない。奇異な目で見られもするが慣れたものだ。おい、あれが魔獣使いかと陰でささやかれる。女か、ですって。ソウダヨォと裏声で返したかった。
「お主、このまま小田原に滞在するつもりはないか?」
最終日、氏政公がそんな提案を私に投げかけてきた。
「――それ、は」
意図を読めず、息を詰まらせる。ぎこちなく回る脳髄で、思い当たった節はひとつだった。
「……それは。北条軍への勧誘と、受け取ってよろしいのでしょうか」
「む? いや、そうではない」
私は呆気に取られた。
えっ、そうなの。てっきり、へいユー北条軍の魔獣使いになっちゃいなヨー、ってことかと邪推してしまった。早とちりをしたようだ。自意識過剰恥ずかしい。
「単純な、老婆心と言うやつぢゃな」
お主、家無しぢゃろう? 続けられた言葉が胸に刺さる。それはたしかにそうなのですが、痛いところなのであまりつつかないでいただきたい。先日それで号泣しちゃったばかりなんです。
なお氏政公の底が知れず、頭をうんうんと悩ませているとパンッと手を叩く音がして顔を上げる。
「何を疑っておるのかは分からぬが、難しいことは横に置いておけ」
「は、はい……」
「よいか? わしはな、ただこう言っておるだけぢゃ。「小田原に住まぬか」と」
実に、シンプルな物言いだった。それだけ簡単であれば六歳児だって理解できるに違いない。
「お主はこれからも、魔獣についてあれやこれやと走り回るのぢゃろう? であれば、いつまでも根無しであっては取れる疲れもとれんぢゃろうて」
それは、そうだ。重なる野営、そして宿へのチェックインは、いくら休養するという目的があっても結局いくらかは気を使う。先日風邪を引いて連泊が長引いたときも、女将さんには何度も頭を下げた。
「あくまで北条軍に属する必要もない。お主が何をするかに口は出さぬ。ああしかし、うむ、やはりその解決力は必要ぢゃから、魔獣の問題を割くのに手は貸してほしい。もちろん雇用主として賃金は支払おう」
ぽかんとしている私を置いて、話が進んでいく。
「さて。改めて問うが、カナメよ。小田原に住まぬか。……なにか不都合はあるかの?」
北条軍への勧誘ではない、根無し草への屋根の提供。見返りに北条は、小田原のために魔獣使いへ助力を求める。所属ではなく、助力をだ。これに、不都合? たぶん、ない。利点しか、なくない?
淡々と噛み砕いているが、感情が追いついてこない。おーい、しっかりしろ私。大丈夫? 生きてる?
目の前に座っている人が一国の殿様だということも忘れて、私は子どもみたいにこくんと頷いた。
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