いと惜しきナイトメア
ぢぃーーーん
天まで届きそうなくらいに高く、心臓にずっしりと落ちる重々しい金属音が、鼓膜を伝う。
ほんのり甘そうで、胸をかきむしりたくなるような切ない香りは、線香のものだ。
私の部屋は、最後に見たときそのままになっていた。
小学校に上がるときに買ってもらった、勉強机。中学二年の頃に買い直したベッド。漫画やゲームソフトが入りきらないからと懸念して、最近新調したばかりだったすかすかの本棚。クローゼットの隙間からは換えの制服の裾がはみ出ている。
机の上に無造作に置いてあるカバンには、黒ずんだ血痕が残っている。その横では、充電器を挿したままの携帯ゲーム機が無造作に存在感を放っていた。電源ランプが緑に点滅している。そういえば前日の晩は、きりが悪いところで寝たからスリープモードにしていたのだっけ。
最後の部活を終えて、帰路についたあの日。
自転車を漕いでいると、背後から迫ってきたトラックに撥ねられた。垣間見えた運転席でハンドルを握っていた中年男性は眠っていた。私はサドルから派手に飛び出して、全身と頭を強く打ったのだ。……痛かったなぁ。
最期に思ったことは、今でも覚えている。
お母さんが買ってくると言っていた、ケーキの心配を私はしていた。近くに出来たオシャレそうな新しいお店が、前の日にオープンしたばかりだった。
それからゲームのこと。一週間後に、新作の発売を控えていたものだから。それどころじゃあない状況だってのに、のんきなことだ。
家の中の空気は、沈んでいる。
私室を出てさまよう。お父さんもお母さんも、仕事に出ているのだろう。誰と遭遇する気配もない。
リビング、台所、玄関。歩きなれた平屋一戸建ての中をうろうろして、最後に訪れたのは仏間だ。
仏壇を見る。備えられている、らんと咲き並ぶ豊かな花々。線香からは、まだ細い煙が立ち上っている。
中央に大切そうに置かれているあれは、骨壺だ。その手前にある写真の中には、下手くそな作り笑いを浮かべている私がいる。
大学受験を乗り切って、さぁ遊ぼうと意気込んでいた。高校卒業まで残りわずかとなった二月の寒いある日の夕方に、私は死んだのだ。
目が覚める。ああよかった。私はまだ、忘れていない。
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